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【合作】( ^ω^)ブーンが世界を巡るようです

第8世界  運命喧嘩◆y7/jBFQ5SY

4 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 19:38:30.10 ID:PFwEHQpd0
 男はひどい顔をしていた。伸ばしっぱなしの髭の下、生気を感じさせない青い肌。
頬は削げ、荒れた肌はささくれ立ち、右目から口元にかけて血の通わない火傷跡が覆っている。

頭蓋の形が露出し、肉がなく、骨と皮だけの見た目は、
男を“人”からかけ離れた存在のように思わせた。

  しかしその瞳。残された左目はたしかに生きていた。
骨と骨に直接挟まれた左目は、眼窩から零れ落ちそうな程に前傾し、そして、巨大だった。
この瞳だけが他のパーツと違い、明確な意志を感じさせる動きをしていた。

  瞳が動く。視線の先には、緑色の溶液を湛えたシリンダー。
その中心に裸の少女がたゆたっていた。

やわらかそうな質感を持った、やわな矮躯の少女。
膨らみかけの胸や、幼さを残した顔立ちから、いまだ大人ではないことが見て取れる。
長いまつ毛を閉じ、母の胎内にいるかのような安心した表情をして、少女はたゆたっている。

  男が少女に向かって歩く。元は上質なものだったと思われる破れきった衣服。
破れ目から、頭同様の骨と皮だけになった手足をのぞかせている。

それらは、歩く事はおろか、立っている事さえ困難に思われた。しかし、それでも男は歩いた。
剥きだされた左目に引っ張られるかのように、体全体を引きずるようにして歩いた。

  そうして、男は少女のたゆたうシリンダーまでたどりつき、
シリンダーへと寄りかかるように手をついた。

荒い呼吸を整えることもせぬまま、少女を見つめる。
肉のない顔に、表情は浮かばない。だが、男の顔からは悔恨と憐憫の情が感じられた。

  男はシリンダーに触れた掌を上下させ、届かぬ少女に愛撫する。
少女に変化はない。それでも、男は掌での愛撫を止めようとはしなかった。

男は剥きだしの瞳を、少女の顔へと向ける。
剥きだされた瞳が一度だけ細められ、そのまま、少女にキスをするようにシリンダーへとキスをした。

  透明なシリンダーに男の顔が写り、中の少女の顔と重なる。
時が止まったかのように、動くものはなかった。

  男が唇を離す。口の中の熱気によってつけられた唇の跡が、
早回しでもしたかのように薄れ、消えていった。

その光景を、男は無表情のまましばらく見つめていたが、次第に唇が震えだし、
歯茎を剥きだしにして少女の名を叫んだ。

 声を上げて泣き叫ぶその姿は、まるで、“人”のようであった。

8 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 19:40:00.76 ID:PFwEHQpd0
 閉じられた世界。閉じ込められた人形。
 閉鎖された世界は、秩序を重んじ、無秩序を許さない。

 すべては決められたこと。
 定められた運びの上で、流れるままに命を散らす。

 仕組まれた喜び。仕組まれた怒り。仕組まれた悲しみ。
 仕組まれていることにすら気づかず、互いを傷つけ想い合う人形。
 滅びとは無縁の、永遠につづきつづける、保存のための運命。


 だが、だがしかし――。


 秩序ある世界へ降り立った無秩序な人。
 世界は人を拒絶し、運命の輪は固く、人形への干渉を許さない。


 だから、だからこれは――。


 世界の内側で起こる、運命の外側の物語。
 無秩序な喜び。無秩序な怒り。無秩序な悲しみ。
 感情のまま、思うがままに、互いを傷つけ想い合う人。

 限られた世界で起こった、限られた人の記録。
 人がつむいだ、人のおはなし――――




10 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 19:41:30.37 ID:PFwEHQpd0










                  ( ^ω^)ブーンが世界を巡るようです



                 『 IN 運命に喧嘩を売るようです 編 』


                    【 想い合う 彼らのようです 】













13 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 19:42:59.96 ID:PFwEHQpd0
                         ―― 一 ――



  今考えると、彼の説明は到底納得のいくものではなかった。
というよりも、煙にまかれたと言ったほうが正しいかもしれない。

説明らしい説明はなかったし、話そのものが荒唐無稽で、現実味のないものだった。
あのとき、僕はなぜあんなにも素直に信じてしまったのだろうか。

いや、あのときも、信じていたわけではなかった気がする。僕はただ、怖かったのだろう。

  窓を見る。天井の重みに耐え切れず、
元の形がわからないくらいにひしゃげてしまった、ガラスも網戸もない、
ただの穴あき窓。窓の横に、膝を折り曲げ、体育座りの格好で壁に寄りかかっている少女がいる。

サイズの合わないぶかぶかのキャップを斜めに被り、
つばに隠れていないほうの瞳が、先程と同じように僕を見つづけていた。

  感情の読み取れない瞳。かといって、何もないかといえば、それも違う。
渦巻く意思を外に露出させないよう、瞳の表面に殻を張り、
外界とのコンタクトを拒絶させている、そんな印象を受ける。

しかし、それによって少女が僕を見ている理由がわかるかと言われれば、
それはまったくわからない。

わからないが、少女と目を合わせていると、
僕の中の空虚な部分を覗かれているような気がするので、極力目を合わせないようにした。

  窓の外の崩壊した街の景色を見て、僕は溜息をつき、思い出す。
荒唐無稽な彼の話と、反論を許さない揺るぎのない口調、
別の生き物のようにくるくると交差していた指。

信じる事はなくても、“もし”を考えると、容易に動く事はできなかった。

『害悪』。滅びた街。DAT。そして、僕の世界。

  首を後ろに垂れ、穴の開いた天井の先、容赦のない光を浴びせつづける太陽を直視した。



  まぶたの裏に赤い閃光が走った。それは途絶えることなく僕の眼球を襲った。
たまらず掌でまぶたの上を覆う。
しばらく赤色が網膜に焼きつき、
痛みとも痒みともつかないじんじんとした感覚と格闘していたが、
次第になりをひそめ、穏やかな暗闇が戻ってきた。


16 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 19:44:30.07 ID:PFwEHQpd0
 掌を高く掲げ、おそるおそるまぶたを開く。
光で透け、中の血管が見える手の先に、木々の隙間から顔をのぞかせている太陽が見えた。
顔ごと視線を逸らし、太陽から目をそむける。

二三度意識的にまばたきをして、ようやくまともな視力へと回復することができた。

  ここはどこだろう。視界の中には隙間なくそびえ立った樹木に、
絨毯のように敷き詰められた扁平上の草、触 覚を上下に揺らすつぶらな瞳をした虫が見えた。

なんとはなしに虫へと手を伸ばす。虫は当然逃げたが、それとは別に、ある事に気がついた。

  伸ばした腕の皮膚が見える。順繰りに下の方まで目を向ける。全裸だった。
急に寒気を感じ、くしゃみが漏れ出てくる。

全裸であることも驚いたが、それよりももっと重大なことに意識を働かせる。
太陽にかざしたのとは逆の手。力を込め、ぎゅっと握り締める。

掌に収まる、小さな硬質の感触。安堵の息が漏れる。DATは、無事に持っているようだった。

  腹筋を使い、上半身を起こす。目の前に、
この緑の森に似つかわしくない、冬の枯れ木が立っていた。

いや、違う。それは、冬の枯れ木に似ていたが、冬の枯れ木ではなかった。
薄い、灰色とも茶色ともつかないボロ布が、鋭角な山のように下部から上部にかけて尖っていた。

(´・ω・`)「おはよう」
(主;^ω^)「……お、おはようございますお」

  ボロ布、もとい、男が挨拶をしてきた。
上半身だけを起こした状態だからそう思うのかもしれないが、男はとても背が高いように思えた。

まさに、冬の枯れ木である。数年は切っていないのではないかと思うくらい伸び放題の髪。

その下に隠れた顔は無表情ながら、同姓の僕から見ても格好いいと思えるマスクをしていた。
どこか物憂げな、やるせなさを感じさせる。
特に、ふたつの瞳からその感覚は溢れているように思えた。

  しかし今、その瞳は僕を見ることなく、彼自身の手元へと向けられていた。
両の手の指先を合わせ、その中から人差し指だけを離し、
ぶつかり合わないようにくるくると器用に交差させている。

なんとなく、磁石のS極とN極を思い浮かべた。



18 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 19:46:00.01 ID:PFwEHQpd0
  しばらく男の指を見ながら、男が口を開くのを待っていた。
だが、男は一向に話し出す気配を見せない。

話しかけるべき否か、少しの間逡巡したが、結局話しかけることにした。

(主;^ω^)「い、いいお天気ですね」
(´・ω・`)「そうだね」

  会話がつづかなかった。

それからもいろんなことを言ってみたが、男からの返事はすべて
「そうだね」
「さぁ」
「そうなんだ」
ですまされた。

「そうなんだ」に到ってはまったくどうでもいいといった口調だった。
そして、僕はもう手詰まりだった。

なんて手札の少ないやつだと自分で自分を呪いたかったが、
残念なことに、藁人形と五寸釘を携帯するほど僕は用意周到な人間ではない。

  どうしていいかわからず、半無意識的に男の手元に目をやる。
回している指が、いつの間にか人差し指から中指へと変っていた。

  座ったままの姿勢だから頭が働かないんだと、
我ながら訳のわからない理屈を掲げ、とにかく立ち上がった。

立ち上がった瞬間の股間のアレがゆれる感触が新鮮だった。
クセになるかもしれない、危険な感触だった。

立ち上がっても、やはり男は背が高かった。
僕の背は彼の肩ほどもないんじゃないかと思う。
ただ、彼の顔と距離が狭まったせいか、下から見上げるような事はなくなり、
長い髪で彼の瞳は完全に見えなくなった。

(主;^ω^)「あの、名前は……?」
(´・ω・`)「さぁ」

 取り付く島もなかった。立ち上がった所で、名案は思い浮かばなかった。

   突然、男の指が止まった。回していた指同士が、衝突事故を起こしている。

 犯人は薬指だった。男は電池が切れたように完全停止してしまい、
 残された僕は、いよいよどうしたらよいかわからなくなってしまった。

     「……また、薬指」
 (´・ω・`)「うん」
     「……練習、しなきゃ」

19 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 19:47:30.01 ID:PFwEHQpd0

  男の背から、男のものでない、消え入りそうなのにいやに明瞭な声が聞こえてきた。

声の主が姿を現す。

非常に小柄な少女。その小柄さは、男の半分ほどしかないと言えば言いすぎだが、
そうと錯覚させるほどの小柄さだった。

  半そで短パンのラフな格好に、靴底がゴム製になっているスポーティなシューズ。
サイズの合わないぶかぶかのキャップを斜めに被り、つばが片目を隠している。

ショートカットの髪型に、この年代特有の性差の少ない顔つきも手伝って、
一見して少年のようにも見える。

  しかし、一目見て、僕にはこの少女が“女性”であることがわかった。
それも、少女然としてではなく、大人の女性的な雰囲気で。

なんというか、ひとつひとつの所作が、艶かしい女らしさを感じさせるのだ。
それに、あの唇。紅も塗っていないというのに非常に肉感的で、
口元から漏れ出す息に色がつきそうな程に扇情的だ。

  少女のつばに隠れていないほうの瞳と目が合う。
少女は、視線を外すことはおろか、まばたきすらせずに僕を見つづける。

嘗め回すように僕を眺めるのではなく、僕の中心を射すくめるように、
ただただ僕の瞳だけを見つづけている。きれいで、かわいらしい瞳だった。

けれど、そこに人間らしい感情を読み取ることはできなかった。

  はじめ、僕の目が濁っているのかと思った。
僕よりも、目の前の少女の方が無垢で純情に思えたからだ。

自分の事を汚れ堕ちた汚らわしい人間だと下卑するつもりはないが、
少なくとも目の前の少女の方が純真な気がした。
そこには、男としての願望が混じっていた気がしないでもないけど。

  しばらくして、その考えは改められた。
少女の瞳はどう見ても、いつまで見ていても、感情らしきものの欠片も感じられなかったからだ。

けれど、そこになにもないようには思えなかった。
感情を感じることはできないが、そこにはたしかに感情がある。

内に内包した強いなにかを、無理矢理に殻の中へ押し込めている。
よくわからないが、そんな感じがする。

  僕は目を逸らした。このまま目を合わせつづけていると、
少女の事を探ろうとしていた心を逆に読まれ、
更にもっと深い、他人には見せたくない暗い底の感情まで見られてしまう気がしたからだ。

それは、今まで味わったことのないような奇妙な感覚だった。


20 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 19:48:59.79 ID:PFwEHQpd0
(´・ω・`)「こっちには、子供がいるんだよ」

  薬指同士を衝突させてから、本物の冬の枯れ木のように動かなかった男が、突然口を開いた。

(´・ω・`)「人の趣味に文句を言うつもりはないけど、少しは配慮してほしいな」
(主^ω^)「なんのこと……」
(´・ω・`)「前くらい隠せって意味だよ」

  僕は、自分のアレを見た。

(*゚ -゚)「……そまつ」

  少女が小さな声で呟いた。不覚にも、反応していた。



  男のボロの一部を破ってもらい、原始人がするように腰蓑にして隠した。
下から吹き上げる風が直に当たって、
ノーパンでスカート履いたらこんな感じなのかなあなんて、ぼんやりと思った。

  男はショボンと名乗った。少女は自分から名乗ることはせず、ショボンが紹介してくれた。

しぃという名前らしい。そういえば、僕には名乗る名前がない。
さてどうしたものかと悩んでいると、
ショボンが「ついておいでと一言だけ言って、歩き出して行ってしまった。

  何も考えぬままにショボンについて行ってから、このまま状況に流されていいのかと、不安を覚えた。
ほんの少しだけ考えてから、僕は、僕がここに来た理由や、僕自身のことについて話してみた。

僕の世界のこと、平和だった日常、仲の良かった友人たち、
突然の黒煙、世界の崩壊、失った名前、想いの力を秘めたDAT、その欠片、
DATを奪おうとした張本人フォックス、そして、尊敬している父からの頼み。

話していく内に、自分の頭の中でも今までの経緯が整理され、
DATの欠片回収に対する意欲が沸きあがってきた。



21 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 19:50:30.54 ID:PFwEHQpd0
 とにかくよくしゃべった。

が、ショボンもしぃも、聞いているのかいないのか、まったく反応なく歩きつづけているだけだった。

しぃなどは、ショボンを中心にして、僕の対角線上に位置しようとがんばっていた。
つまり、ショボンの体を盾に、僕から見えないように歩こうとしているのであった。

足元の土の感触が敏感に感じられるのは、裸足だから、だけではないようだ。

(´・ω・`)「クルベだな」

  無言で苦行の行進をつづけ、

「僕が何をやったんだ、何かわるいことをしたのか。
いや、少しはしたかもしれないけど、こんな酷い仕打ちは受けなくてもいいはずだ。
おい神様、これは新手の試練ですか。ちょっと面貸せやこの野郎」

と心の中で不信心な事を考えていると、またもや唐突に、ショボンが口を開いた。

(´・ω・`)「北米インディアン、ペノブスコット族の創造者クロスクルベーから取って、クルベ。きみのここで
      の名前だ」
(主^ω^)「それは、なんというか……」

  率直に言って、身に余る名前のような気がした。よりにもよって神様の名前とは。
ついさっき神様に悪態ついていたというのに。

(´・ω・`)「それがそうでもない。クロスクルベーは、創造神という他宗教ならば
      絶対の存在に位置しているというのに、それほど高い位についているわけじゃないんだ。
      そもそも、こいつは全能の神ではない。
      はじめから地上に住んでいて、天と地を創るのに人間の手を借りているんだ。
      だから、人間を創ったわけでもないんだよ。
       こいつの上には、形ある神よりも崇高な『天の偉大なる神秘』というものがある。
       そうだね、さしずめ……、ちょっと見せてもらっていいかい?」

  酷い言われようのクロスクルベーさんにほんの少しばかり同情していると、
話の急な展開に気づくのに遅れ、慌ててDATの欠片をショボンに見せる。

僕からは髪の毛が邪魔でショボンの目線がどこを向いているかわからないが、
ショボンにはDATが見えているようだ。

「ふむ」と満足そうに呟き、何かになっとくしたようにまた歩き出した。



23 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 19:51:59.83 ID:PFwEHQpd0
 ショボンが話し出すのを待っていたが、一向に話し出す気配がない。
なんだか「もうこの話はおしまい」みたいなオーラがでている。

冗談ではない。

僕の名前の由来になった人の名誉と、僕自身の興味のために、
それじゃあクロスクルベーは何をした神なのかと、少しばかり強引になって尋ねてみた。

(´・ω・`)「学ぶべき事をすべて教えたのさ」

  やっぱり、身に余る名前だった。



  森を抜けると、木々に遮られた木漏れ日でなく、陽の光に直接晒された。
まぶしさとあたたかさを全身に受け、ひとつ大きな伸びでもしようかと思ったが、
そんな気分はすぐに消えうせた。

  瓦礫の街。崩壊してから、すでに数年は経っているだろう。
街を取り囲む防壁は崩れ、ひび割れた箇所が風に吹かれるたび粒子のような小石を飛ばせている。

レンガで造られている家だったものは、もはや人は住めそうにない。
街で育てていた木なのか、巨大な木が根元から折れ、多くの民家を巻き込み押しつぶしている。

  空気の中に質量を持った何かが張り付いているかのように、息を吸うと喉に何かが絡み付いてきた。
それは、実際の粉塵のせいかもしれなかったが、
僕には、もっとおそろしく悲しいものの仕業な気がしてならなかった。

(´・ω・`)「戦争が起こった、その痕だよ」

  戦争。言葉にしてしまえば、とても軽い、なんてことのない出来事のように思える。
僕とは関係のない、どこか遠くで起こった出来事。

僕は、目の前の光景と、戦争という使い古された言葉を、どうにもイコールでつなぐことができないでいた。

  ふと、自分の世界の事を思い出した。暗い闇に覆われて、消えてしまった僕の故郷。
しかし、DATを集めれば取り戻す事ができる。

もし、僕の世界が、目の前の光景のようになってしまっていたら、僕は一体どうしただろう。
考えただけで、身が震えた。


27 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 19:53:29.80 ID:PFwEHQpd0
(´・ω・`)「酷いと思うかい?」

僕は、頷く。

(´・ω・`)「その気持ちを、覚えておいてくれ」

  街の中へと入っていった。家と家に挟まれた細い道が幾つもあるのだが、その数が尋常ではない。
その上、舗装された地面が砕かれてちょっとした穴のようになっていたり、
崩れた民家が道を阻んだりしていた。

歩いていくうちに、3D系のRPGのダンジョンに迷い込んだような気さえしてきた。
オートマッピングシステムがないのは不便だなあとか考えていた。

(´・ω・`)「ここが僕らの家だ」

  ショボンは立ち止まり、そう言った。僕には、どこにも家なんか見えなかった。
目の前には、あばんぎゃるどな芸術作品があるだけだ。これは半ば冗談だが、半ば本気だ。

最初見たときに、ショボンが何を指して言っているのか本気でわからなかった。
ぽかんとして、目をこすって、もう一度見直して、眉根をよせて、最後にショボンに向き直った。

(´・ω・`)「こっちみんな」

  よーく、よおく見直してみると、それはたしかに家だったようにも見えた。
ただ、半分くらい潰れていて、天井が所々なくて、
全体的に斜めに傾いているだけであって、見ようによっては家に見えなくもないこともなかった。

たぶん、あの中のレンガをひとつでも抜き取れば、その瞬間に半壊から全壊へと変化する事だろう。

  そんな黒い事を考えている僕の脇を、
今まで見せなかったような早足でしぃがあの家のようなものに向かって駆けて行った。

大丈夫なのだろうか。

(´・ω・`)「きみには、ここでしぃと一緒に待機していてもらう」



29 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 19:55:00.16 ID:PFwEHQpd0
  僕は流れのまま「ふぅん」と呟いたが、よくよく考えてみたら、
それは非常に理不尽というか、意味の分からない指令だった。

(主;^ω^)「ちょ、ちょっと待つお! 僕はこんな所で足止め喰ってる場合じゃないんだお。
       はやくDATを集めて、僕の世界を、みんなの世界を取り戻さなきゃ、
       とーちゃんの期待に応えなきゃいけない んだお」
(´・ω・`)「しぃはまあ、あの通り無口だけど、わるい子じゃないから。
      きみのほうから手を出すような事さえしなければ干渉してくる事はないよ、たぶん」

(主;^ω^)「何で僕が待機する方向で話が進んでんだお!」

(´・ω・`)「おなかは空いてるかもしれないけど、うん、すまない。まだなんだ。
      朝と夜だけしか食事は出してやれないや」

(主#^ω^)「えらく生活臭丸出しなうえ切実に気になる話題だけど、人の話を聞けー!」

(´・ω・`)「ああ見えてしぃはおしゃまな子でね、僕も手を焼いているんだ」

(主#゚ω゚)「知るかー!」

(´・ω・`)「クルベ」

  急に、ショボンの声に凄みがでる。冷や水を浴びせられたかのように、体の芯から震えが起きる。
こうやって、対峙しているだけで気圧されて、今にも尻餅をついてしまいそうになる。

(´・ω・`)「しぃに手を出したら……、ぶち殺すぞ」

(主#゚ω゚)「僕は発情中の厨房じゃねー!」

(´・ω・`)「体は反応してたよね」

(主;^ω^)「うぐっ!」

  反論できないことが悔しい。

(´・ω・`)「冗談でもなんでもなく、しぃに手を出したら、僕はきみを殺す、ぶち殺す。いいね?」

(主;^ω^)「わ、わかったお……」



30 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 19:56:29.85 ID:PFwEHQpd0
  有無を言わせぬ圧倒的圧力がショボンから放たれていた。 父親から叱られたときのような萎縮した気持ちになる。けれど、僕にも言いたいことがある。

(主^ω^)「僕は、僕はDATを集めるためにここに来たんだお。
      こんな所でのんびりまったりしてる暇なんてないお。
      一刻もはやく世界を元に戻して、また、あの平和な日常に、やさしいみんなの所に帰りたいんだお」

(´・ω・`)「人を殺してでもかい?」

ひどく辛辣な言い方をされた。まだ、さっきのように威圧的に言ってくれたほうがマシだ。 これじゃ、見放されたような気分になるじゃないか。 ショボンの指が、くるくると回りだした。

(´・ω・`)「きみの存在はね、この世界にとって『害悪』なんだ。
      そこにいるだけで毒素を撒き散らし、空気を腐らせ、地を破壊し、人を、殺す。
      そして、動けば動いただけ散布域は拡大し、被害も拡大する」

  怖かった。話の内容も、ショボンの態度も、どちらも、どうしようもないくらいに、怖かった。

(主;゚ω゚)「そ、そんなこと言って、僕を怖がらせて、な、何がしたいんだお?」
(´・ω・`)「クルベ、この世界はね、きみが思っているより遥かに複雑な秩序の上に成り立っているんだ。
      すべてのものがあらかじめ定まっている世界。寸分のズレさえ許されない、究極のシナリオ。
      そんな中に、きみのような不純物が紛れ込んだらどうなると思う。
      秩序は、無秩序を許さない。多くのものを巻き込み、ズレたポイントをまとめて消去し、
      後は……、言わなくてもわかるだろう?」

  何かを言おうとしたが、何を言えばいいのかわからない。 喉に重いものがへばりつき、息苦しさを感じる。声が出て行かない。

(´・ω・`)「きみがこの街に訪れたとき、空気に重たいものを感じたと思う。
      あれが腐った空気、死んだ街に漂う怨嗟の大気さ。
      きみは、どれだけの戦争を起こし、無辜の人々を殺し、
      街を、国を、幾つ破壊するつもりなのかな」



31 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 19:57:59.95 ID:PFwEHQpd0
  僕が動く事で、僕以外の誰かが死ぬ。それは、とても怖い事だった。
人殺しになんて、なりたくない。僕は、みんなを助けたいだけなんだ。

父の期待に応えたいだけなんだ。

(´・ω・`)「けれど、この世界ではその想いが刃に変じる。
      きみが、人を殺し、街を殺し、国を殺し、大地を殺し、大空を殺し、世界を殺し、
      その果てに、血塗られた犠牲の果てにきみの世界を取り戻す覚悟があるというのならば、
      僕はもう止めたりなどしない。そこまでの想いがあるというのならば、僕には止める術などない」

  僕は、僕は世界を取り戻したい。けれど、その代わりに、なんて、とても耐えられない。
けど、でも、僕は、僕は家へ帰りたい。

(´・ω・`)「DATも、きみと同じような存在だ。この世界にとっての異物、『害悪』だ。
      誰かが手にする前に、早急に処分してしまわなければならない。
      だから、僕はDATを探す。探して、見つけたそれは、きみに渡すと約束しよう。
      それまでの間、きみはここで待機していてくれればいい」

  僕は、何も答えられなかった。ショボンの薬指が、ぶつかり合っていた。



  家の中は案外広く、地震さえ起こらなければまともに生活できそうな気がした。
いま家の中にいるのは、僕としぃだけだ。ショボンはすぐに出かけてしまった。

DATを探しにいったのだと思う。

  ショボンは出かける直前、生活に必要な諸々の情報や、禁止事項などを手短に話してくれた。
勝手に家に出るなというのと、できるだけしぃと一緒にいてくれ。
それから怖い声で、しぃに手を出すなと言っていた。

それと、体を洗いたいときや、用を足したいときは、近くにある川で済ませろと言われた。

(´・ω・`)「川上で排便するなよ。いいか、絶対だからな、絶対だからな」

  このときだけいやに迫力のある言い方だったので、思わず噴出してしまった。
暗澹とした胸の内が、ほんの少しだけ晴れたみたいだった。

34 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 19:59:30.37 ID:PFwEHQpd0

  タンスらしきものに収納されていたショボンと同じようなボロを着て、
家の中のスペースの大半を占領しているテーブルに腰掛けると、あとはもう、やる事がなくなってしまった。

窓を見る。天井の重みに耐え切れず、元の形がわからないくらいにひしゃげてしまった、
ガラスも網戸もない、ただの穴あき窓。

窓の横に、膝を折り曲げ、体育座りの格好で壁に寄りかかっているしぃがいる。

  しぃは僕が家に入ってきてから、視線を逸らすことなくずっと僕の事を見つづけている。
物珍しさからの行動ならいいが、

「何、こいつ、一緒に住むの? うざー」

とか思われてるかと思うと、やるせない。彼女にとって僕は部外者なわけだし、
自分の家に許可なく居候が上がりこんできたら、誰だって不快に思うだろう。

  視線を合わさないようにしながら視界にしぃを入れていると、ショボンとしぃについて気になってきた。
このふたりは、こんな廃墟で何をしているんだろうか。

まだ若い青年と少女が、ひっそりと人目に付かずに生きるような理由があるのだろうか。

  そもそも、このふたりはどういう関係なのだろう。お互い、仲がわるいわけではなさそうに見える。
むしろ、すごい良好な関係そうだ。ショボンはしきりにしぃの事を気に掛ける発言をしていたし、
しぃもショボンと一緒にいるときはべったりとくっついていた。

カポーなのかな。それにしては年が離れすぎてるような気もする。いや、年齢差なんて関係ないのかもしれない。
愛は障害があるほど燃え上がるって言うし、きっとそうに違いない。

  もしかしたら、彼らがいた村は理解のないところで、ふたりの関係を認めなかったのかもしれない。
それで、ふたりで愛の逃避行を遂げ、その末に見つけたふたりの愛の巣がここなんだ。
そうだ、そうに違いない。そうだよな、自分の彼女で反応してたら不機嫌にもなるよな。

しぃにしても、ふたりの愛の楽園に異物が紛れ込んだらなにこいつーって思うよな。
これからはできるだけふたりのおじゃま虫にならないようにしよう。そう、固く決意した。

ただ、いじけていただけかもしれないが。



  いつの間にか眠ってしまっていたようで、目を開けると真っ暗だった。
一瞬ここはどこだと不安になったが、ショボンの家で待機していたことに思い至った。

辺りの暗さに目が順応していく。
どうやら、この家の明かりは天井のずっと上の方から差し込む天然の光だけみたいだった。
雨の日はどうするのだろうか。

38 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 20:01:00.63 ID:PFwEHQpd0

(´・ω・`)「おはよう」

(主;^ω^)「……お、おはようございますお」

  目覚めざまに、ショボンから何か固いものと、更に固いものを手渡された。
暗くてよく見えないので、近づけて目を凝らしてみると、
固いものはかさかさに乾ききったパンのようで、もっと固いものは木の外皮の欠片に見えた。

更に目を凝らすと、木の外皮に見えたものは干し肉だった。

  これが夕飯なのだろうか。少ない、あまりにも少ない。
なっとくいかず、その旨を伝えようとすると、

(´・ω・`)「しぃは文句言ってるかい?」

  しぃを見ると、かさかさのパンに歯を突きたてて、一生懸命といった様子で食べ物と格闘している。
僕の抗議は口にする前に否決された。

  パンはおいしくなかった。固いばかりで味気がなく、
焼かれてから何日経ってるんだよと心の中でつっこみを入れてしまうほどだった。

干し肉は、歯が欠ける前に食べるのをあきらめた。

  ショボンは普通に食べていた。頑丈な歯を持っているのだろう。



  時計がないので正確な時間はわからないが、おそらく深夜になったであろうとき。
昼寝をしてしまったからか、他の要因が合わさってか、僕は寝付けずにいた。

ぼんやりと空を見上げ、何を考えるでもなく、時間を無駄に浪費する。

  ふと思い立ち、立ち上がって家から出ようとした。

(´・ω・`)「どこに行くんだい」


39 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 20:02:32.23 ID:PFwEHQpd0
  突然ショボンに声をかけられ、肩が跳ね上がり、掌の中のDATを落しそうになる。 てっきり、もう眠っているものだと思い込んでいた。

(主;^ω^)「か、川で汗を流しに」
(´・ω・`)「そ、あそこ、結構急流な場所があるから気をつけてね」

  返事もそこそこに、逃げるように家から出ようとした僕に、再度呼び止めの声がかかる。

(´・ω・`)「僕としぃは兄妹だよ。使えない気なんて使わなくていいからね。それじゃ、おやすみ」

  心の中、筒抜けだった。



  川に着いた。川の周りだけ水に触れた空気が浄化されたように冷えていて、 僕は、食いだめならぬ、吸いだめを試みた。 肺の壁面にこびりついていた汚い空気をすべて放出し、きれいな空気をいっぱいに満たす。 ここにきて、ようやく一息つくことができた。

  ボロを脱ぎ、前も隠さず全裸になる。 外で全裸になる事に抵抗を覚えたが、すでに一度やっているし、子供の頃はよくやっていた。 周りには誰もいないだろうし大丈夫だろう。それに、解放感があって気持ちよかった。

  足先から川に触れる。当然ながら、冷たい。 しばらくちゃぷちゃぷと足先で掻き回していたが、意を決し、ジャンピングダイブを敢行する。 体が固まり、心臓がきゅきゅーっと萎縮するのがわかった。どこか懐かしい感覚。
子供の頃の思い出が脳裏を過ぎていった。

  川の流れは思っていたよりも激しい。踏ん張っていないと、足を取られて流されてしまいそうだ。 川の中に体を沈め、目を開けると、流れのせいで目が圧迫されるのを感じた。 それでも、目を開けたまま、川の流れに逆らっておもいっきり泳ぐ。全然前には進まなかったが、たのしかった。

  尿意を催したので、川の中で排尿をする。大きいほうじゃないからいいだろう、きっと、たぶん。

40 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 20:04:01.62 ID:PFwEHQpd0
全部出し切ったときは、妙な爽快感に包まれた。クセになりそうだった。

 一通り汗を洗い流し、川から上がろうとしたが、体を拭く術がないことに気づく。でも、まあいいかと思い、
乾くまで裸で待ちつづけることにした。くしゃみがでた。

 空を見ると星はなく、月だけがぽつんと浮かんでいた。月の周りにうすい靄のようなものが見える。雲が出て
いるのかもしれない。空と地上の境界線に、連なった山々がある。天辺に繊毛のような木々が刺さっていて、毛
深い人が折り曲げた肘みたいだな、なんて考えていた。

(主 ゚ω゚)「お――――――ん!」

 雄叫びを上げた。自分でも何やってんのかよくわからない行動だった。遠くの方から、野良犬が返事をしてく
れた。もしかしたら、仲間だと思われたのかもしれないな、なんて、ぼんやりとした頭の中で思った。
















                         ―― 了 ――

42 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 20:05:30.74 ID:PFwEHQpd0
『! ……』

『……申し訳ありません。奥方様は……』

『……そう、ですか……。いえ、私も、あれも、覚悟していたことです。……その子が』

『はい。あなたと、奥方様の……』

『抱いても?』

『もちろんです』

『……。重さを感じます。この子自身の重さと、あれの魂の』

『……』

『……わらいましょう。新しい命の誕生に、泣き顔は似合わない』

『……ええ』

『あれは、この子の中で生きています。私は、これから先、この子のために、あれのために生きていきたい』

『あなたなら、できますよ』

『私は、この子を守りつづけることをここに誓う。そして、感謝しなければならない』

『感謝を……』

『産まれてくれて、ありがとう』

43 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 20:06:59.75 ID:PFwEHQpd0
                         ―― 二 ――



 陽だまりの中を走っていた。両腕を横に広げて風を切って、どこまでも行けるって、空だって飛べるはずだっ
て、そう思いながら走っていた。腕にかかるわずかな抵抗が、僕がここにいる証明のような気がして、心地よか
った。

 気づくと、隣にともだちがいた。僕は、ひとりで走るより、ともだちと一緒に走ったほうがたのしいことを知
った。ともだちは走る以外にも“たのしい”があることを教えてくれた。危険な遊びも多かったし、怪我だって
いっぱいした。痛くて、泣き出したこともあるけど、ともだちを憎むことはなかった。

「僕たち、ずっとともだちだお!」
「おう! すっとともだちだ、○○○!」

 その内、彼以外にも多くのともだちができた。喧嘩して、嫌いあったこともあったけど、謝ったり、謝られた
りして、仲直りをした。みんなでバカなことをして、一緒に駆け合った。僕たちは、ともだちだった。

 他の誰にでもいるように、僕にも父がいた。父は昔すごいことをやった人で、今でも偉い人だった。強くてや
さしい、僕のヒーローだった。父にできない事なんて何もないんだって、本気で信じていた。

 僕には、ともだちがいて、父がいて、平和な世界があって。きっと、僕はとてもしあわせな子供なんだろうな
と思っていた。このままずっと、このしあわせな時間が過ぎていくんだろうなと、漠然と考えていた。

 急に腕が軽くなった。足も、体も、空に浮かんで消える風船の気持ちを味わっていた。

 僕は怖くなって、ともだちを呼んだ。遠くからきたように、はじめからここにいたように、落ちてきて、飛ん
できた。ぐにゅぐにゅになったともだち、ぐちゃぐちゃになったともだち、でろでろになったともだちが、僕に
まとわりついて、押し潰そうとしてきた。みんな、顔のある所にぽっかりと大きな穴が開いていた。


45 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 20:08:29.52 ID:PFwEHQpd0
 顔のない彼が、穴を僕の体に通過させ、体の内側から声を出して鳴いてきた。

「お前だけ逃げた! お前だけ逃げた! お前だけ逃げた! お前だけ逃げた! お前だけ逃げた!」
「違う! 違うお! 僕は、僕はみんなを助けたくて……」
「ともだちは逃げない! ともだちは逃げない! お前は――」

 ともだちじゃない。

 周りのともだちが一斉にそれを叫んだとき、僕の中の何かが喉を突き破り、叫び声を上げた。みんな、闇の中
に溶け合って消えていった。顔のない彼の瞳が、僕を睨んでいた。静寂が訪れた。耐え切れず、僕は僕の中の何
かに叫ばせつづけた。軽くなった体の中心だけが、鉛を入れられたように重かった。

 僕が叫んでいると、叫び声の中から父が現れた。父にも顔がなかった。

「トー、チャ……ト……チャン……」
「お前には失望した」

 父の体が音を立て、泡を吹いて蒸発していった。肉の焦げる臭いが世界に充満した。

「お前は誰だ」
「あ、あ、あああ……。! ああああああああ! あああああああああああああああ! ああああああああああ
 あああああああああああああああ!!」

 僕の中の何かは僕の意思に関係なく叫び声を上げた。僕は両手を広げて走った。赤色に覆われた世界の中を全
速力で駆けつづけた。

 突然、僕の中の何かが消え、僕は声を出せなくなった。すると、体の中から重さが一切消え、僕は空を飛びだ
した。空の中を駆けた。

 駆けていくうちに飛んでいるのかどうかもわからなくなった。それでも駆けた。駆けていくうちに足が赤色に

47 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 20:09:58.58 ID:PFwEHQpd0
飲み込まれていた。それでも駆けた。駆けていくうちに胴体が大量の蟲になって散った。それでも駆けた。駆け
ていくうちに頭が破裂した。それでも駆けた。

 最後に腕だけが残った。腕は消えなかった。けれど、いくら走っても、あのわずかな抵抗感は得られなかった。
腕だけになった僕は、止まる方法がわからなかった。なにも思い出せなかった。

 名前も思い出せなかった。

 夢から覚めたとき、目の周りに水の乾いた跡があった。



 ショボンと出会ってから、三日が経っていた。この三日間、僕は、とにかくなにもすることがなく、暇を持て
余していた。普段ならやらないような健康的な体操をしたり、日向ぼっこをしたりしていた。他にも、宇宙の偉
大なる神秘について考えたり、効率的な金儲けの方法を考えたり、天井の亀裂を数えたりして暇を潰した。天井
の亀裂は十万を過ぎた辺りで飽きてしまった。

 ショボンは食事時にしか帰ってこなかった。食事のときに毎回尋ねたが、DATはまだ見つからないという答
えしか返ってこなかった。

 しぃはなにも変らなかった。本当になにもしない。窓の横で体育座りをして、殻に覆われたような瞳でじっと
僕を見つづけるだけ。ショボンに言われたのとは別に、もっと違う異質な感情が僕をしぃに干渉させるのを躊躇
わせた。ただ、たまに髪の毛が塗れている事があるので、川に水浴びしに行くことはあるのだろう。不思議な事
に、僕はその瞬間を目撃した事がないけれど。覗きたいとかそういうのでは断じてない。

 安全かもしれないが、ほうけた老後のような毎日。何度もみんなの顔を思い出し、飛び出してやろうという気
持ちになったが、どこかで踏ん切りがつかずにいた。自分の中のよくわからない何かが、僕を押し留めようと必
死にもがいているのがわかった。

 しかし、今朝、あの夢を見た。

48 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 20:11:28.06 ID:PFwEHQpd0

 いつものパンと干し肉の朝食を取り、ショボンが出かけるのを見送る。しばらくしてから、天井の上で輝いて
いる太陽を見上げ、目をつぶり、DATを胸の前に押し付ける。

 DATを集めて世界を元に戻す事、これは大前提だ。DATはすべて集めなければならない。けれど、それは
誰かの尻馬に乗ってするのではなく、僕がやらなければならないことなんだ。誰かの力を借りるのはいい。すべ
てを託してしまうのは、間違ってる。父は僕に頼んだんだ。あの父が、僕を頼ってくれたんだ。だったら。

 陽のあるうちに空の下に立つのは、家の中を除けば三日ぶりだった。川に行くのはいつも夜中にしていたから
だ。久しぶりの明るい外の世界は、なんだか他人のものみたいにそっけなかった。

 ぼーっと突っ立っていると、背後からゴムと石のこすれあうキュッキュッという音が聞こえてきた。音は段々
と近づき、僕の背後で止まる。振り返るとそこに、しぃがいた。特徴的な意思を感じさせない瞳が、僕を見上げ
ている。どうしていいかわからず、僕の方がどぎまぎしてしまう。

(主;^ω^)「……ついてくるのかお?」

 できるだけやさしく、ぬこを撫でるような声を出す。だが、しぃはまったく反応しない。わけがわからない。
この年頃の少女は謎だと言われるが、しぃの謎さ加減は他のものとは意味が違うような気がする。

 このままほうけていても仕方がないので、とりあえず歩く。後ろからキュッキュッと音を鳴らしながら、しぃ
がついてくる。止まってみた。しぃも止まった。

 全速力で走ってみた。しぃがついてきている気配はない。後ろを振り返ると、立ち止まって僕のほうを見てい
た。僕が止まっているのを確認したからか、ゆったりとした歩調で僕の所まで歩いてきた。僕の前で、立ち止ま
る。

 頭を撫でてみた。はねのけられた。ひどい。



49 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 20:12:57.86 ID:PFwEHQpd0

 レンガ造りの民家に挟まれた、迷路のような狭苦しい通路をあてもなく歩く。どこも同じような家ばかりなの
で、慎重に覚えながら歩かないとすぐに迷ってしまいそうだ。家の破損具合や、特徴的な壁の裂傷、崩れた通路
などを頭の中に叩き込む。

 小高く積もった瓦礫が道を塞いでいる。そんなに高さがあるわけではないし、無駄に安定感がありそうなので
登ろうと思えば登れそうだ。しかし。後ろを振り向く。キュッキュッと音を鳴らして、しぃが後ろからついてき
ている。

 瓦礫をつかむ。粉っぽい感触が手に纏わりつく。表面が風にこすれて風化しているのかもしれない。すべらな
いように強くつかみ、一気に瓦礫の天辺まで登る。登りきり、掌を見ると白く粉状のものが付着していた。

 瓦礫の上に座り、しぃを見る。しぃは僕の方を見たまま固まっていたが、やがて瓦礫に手をつき、くっと膝を
屈伸させてから一気に駆け登った。意外とパワフルな娘らしい。しぃは僕の隣に座り、僕がそうしたように自分
の掌をまじまじと見ていた。僕は声を上げてわらった。



 瓦礫の上から俯瞰する街の姿は、通路を歩いていたときとはまったく違う光景を見せていた。歩いているとき
は一軒一軒が崩壊している様子を見るだけだったが、こうやって全体を見渡すと、改めて街全体が滅んでしまっ
ているんだなあと思わざるをえない。初めてこの街を見たときほどのショックは受けなかったが、どちらにせよ
見ていて気分の良い眺めではなかった。

 瓦礫の上に寝っ転がる。背中にごつごつとした堅い感触があたるが、思ったほど痛くはない。雲ひとつない空。
地上がこんなでも、空は平和そのものといったふうに、ゆらぐことなく悠然としている。なんだか理不尽な気が
した。地上の大変さを、少しくらい空も味わうべきだ。公平じゃないのがなっとくいかなかった。

 このまま街を目的なく歩いていても、DATは見つからないだろう。僕の持っているDATのおかげで、この
世界にやってきたDATが近くにあることはわかる。けれど、それは大まかな位置がわかるだけで、細かい場所
がわかるわけじゃない。こんな風にあてどもなく探していたって結果はみえている。

51 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 20:14:27.82 ID:PFwEHQpd0

 それに、DATが道端にぽつんと落ちているとは思えない。そこにいるべき理由のある場所で、意味を持った
待ち方をしているような気がしてならない。もしかしたら、僕が持っているDATが想いの力以外の何かで気づ
かせようとしているのかもしれない。僕のただの勘のような気もするけど。

 とはいっても、具体的な目的地がすぐに浮かんでくるわけもない。とりあえず、外を適当にぶらつくのではな
く、損壊の少ない民家へ入ることに決めた。

 玄関のドアノブをつかむ。引こう引こうとは思うのだが、中々決心がつかない。これを開いてしまったら、僕
の中で今まで保っていた線を踏み越えてしまうような気がして、どうにも腕が動かない。僕が狙いを定めたのは、
年月が経ち風化してしまってはいるが、ほぼ原型を保ったままの家だ。調べているうちに天井が崩れてぺしゃん
こなんてのは、わらいばなしにもならない。それに、崩壊寸前の家より、人が住んでいた痕跡を残している所を
探るほうが気分的にマシに思えた。

 意を決してドアを引く。軋んだ音が響いた後、完全に開ききった。思っていたより、なんてことはなかった。
あんな風に悩んでいた自分とは、随分と滑稽なやつなのだなあと思った。中に入るとそこは、予想を遥かに越え
てきれいな場所だった。まだここに生活している人がいると言われても、疑いを抱かないほどに原型を留めたま
まだった。

 あまりにも生活臭が残っているので、なんだか失敗したという気になってくる。他人の家独特のよそよそしさ
を感じさせるにおいが場違いな場所にいるような気を起こさせるし、なにより、自分が空き巣の真似事をやって
いるような錯覚を覚えさせられる。残された家具に手を出していいものか迷う。

 僕の横を、自然な様子でしぃが横切った。あまりに自然だったので、最初、何の疑問も抱かなかった。直後、
ん、あれ、と違和感を感じその正体に気づく。そういえば、しぃが自分から僕の前に出たのって、これが初めて
じゃないか。なにがすごいでもない極当たり前の出来事だが、相手がしぃなだけに特別な事件のような気がして、
よくわからない感慨を覚えた。

 しぃは何か興味深いものでもあったのか、普段とは打って変わって辺りを見回している。僕はしぃを見つつ、
適当に物色しだす。しぃがただついてきたのではなく、自分が見たいからそのために入ってきた。その行為は、

52 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 20:15:57.27 ID:PFwEHQpd0
僕に勇気を与えてくれたみたいだ。ひとりだったら、こんなふうに自然に手が動く事はなかったと思う。同じ悪
事に手を染めるのでも、そこに仲間がいるかいないかで、気の持ちようはだいぶ変る。しぃがどう思っているか
は知らないが、どうやら僕は、しぃに仲間意識を持ったようだった。

(主^ω^)「しぃ、何かおもしろいものでもあったかお?」

 仲間からの返事はなかった。

 タンスや戸棚、ベッドの下などを探ってみるが、でてくるのは日用品ばかり。ベッドの下には当然なにもなか
った。これは、けして期待してたとかそういうのではない、断じてないのである。一通り見回してみても、DA
Tがでてくる気配はない。この部屋にはないのだなと判断し、隣の部屋へ行こうと、木製のドアに手をかける。

 ノブはなかったので、ドアに直接触れる。ざらついた気の感触が不快で、体の中にぞわっとしたものが駆け巡
った。押してみる。建てつけが悪くなっているのか、黒板がこすれるような甲高い音を鳴らしながらも、遅々と
して開かない。両手をついて、全力で押す。甲高い音に紛れて、割れるような折れるような音が聞こえてくるが、
気にせずに押しつづける。徐々に隣の部屋が見えてきた。

 突然後方から、何かが割れる音が聞こえ振り向いた。花柄の絵がプリントされた花瓶が地面上で砕けている。
僕が部屋を物色している間、しぃが相変わらずの無表情で、それでもなんだか興味深げに見ていたのを覚えてい
る。割れた花瓶の近くにしぃが立っていたので、しぃが落として割ってしまったのだろうと考え、危ないから片
付けようと思い歩き出した。

 花瓶の前に立ち拾おうとしたと同時に、花瓶が落ちたのとは比べ物にならない轟音が家全体に響き渡った。ほ
こりや小石が降り注いでくる中、何事かと思うことすらできずに棒立ちでいると、後方から“べきり”と分厚い
木が割れる音が響いた。振り向くと僕が手をついていたドアが真っ二つに折れ、僕が立っていた場所に馬鹿でか
いレンガの塊があった。

 血の気が引いた。何も考えずにしぃの手を握り、急いで外へと逃げ出す。外に出てからも走りつづけた。僕ら
が入った家が見えるぎりぎりの所まで逃げて、ようやく足を止める気になった。家の方を見ると、現在進行形で
崩れていく様が見られた。最後には、スーパーマリオブラザーズ3の砦クリア後みたいな形になってしまってい

53 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 20:17:26.42 ID:PFwEHQpd0
た。外見は原型を留めていても、レンガがすかすかになっていたのかもしれない。

 しぃは、何事もなかったようにキャップのズレを調節していた。



 それからも、僕は数件の民家をお邪魔した。さすがに慎重にならざるをえなかったし、建てつけの悪い扉は絶
対に開けないと心に決めた。DATは、影も形もなかった。このままあてずっぽうで探していても無駄なのかな
あと半ば諦めかけていたころ、このお屋敷を発見した。

 他の民家よりも一回り大きい庭付きのお屋敷。けれど、そこに住みたいと思わせるような外観ではない。植え
込まれていた木はことごと折られており、草は伸び放題で僕の膝まで伸びている。庭の真ん中に噴水があり、そ
の真ん中に天使の形をした銅像が建てられていたらしいが、へその辺りから砕け、上半身が水没している。噴水
の中の水も濁り、粘度がありそうな見た目で、生ゴミみたいな悪臭を放っていた。

 お屋敷は半分ほどが黒く煤けており、ここで何があったのかをいやがおうにも喚起させられる。入り口の巨大
な扉は破られてうち捨てられている。扉の上に紋章が描かれた盾が埋め込まれていたが、意図的とわかる形で削
れらていた。

 内部は予想していた通りに、黒く変色したレンガや、灰になった木材に覆われていた。無事な部屋を選別しな
がら屋敷の中を探索する。選別方法は簡単だ。扉に触れてみて、黒い粉か白い粉がつかなければそれでいいのだ
から。

 ほとんどの部屋が入ることも出来ないような状態で、入る事ができても中の惨状は目に余るものがばかりだっ
た。

 そんな中、一部屋だけ損傷の少ない部屋があった。本棚やタンス、ベッドなどがあることから、個人の私室で
あることはすぐにわかった。こまごまとした小物や、やたらリアルな人形の中で、額縁に入れているのに飾るこ
ともせず、壁に重ねられている数枚の絵が目につく。


54 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 20:18:55.17 ID:PFwEHQpd0
 あまりうまい絵ではないと思う。プロが描くような洗練された美しさはそこにはない。素人が描いたものと一
目でわかるようなものだ。けれど、そこには描いた人の人間味が溢れていた。特に、ひまわりの絵はそれが顕著
に表れていた。あったかさや、やさしさを感じさせるソフトなタッチは、どことなく女性が描いたもののように
思える。途端、自分がとんでもない所にいるような気がした。もう一度ベッドに目を向けると、その考えは一層
強まった。

 しぃが窓へと近づく。僕らの家の窓のような無骨なものではなく、ちゃんとしたデザインの下に造られたとわ
かるようなものだ。その脇に青く透明な花瓶と、しなびて元気のなくなった花が垂れている。花瓶の中の水はす
でになく、水が乾いてできた白い物が付着していた。

 花はどうやらひまわりのようだった。黄色い花弁の部分は茶色く変色し、真ん中の部分は虫に喰われたように
穴だらけになっている。形を崩し、太陽を感じさせるあの姿は、最早見る影もない。何年間も放置されたまま、
次第次第に枯れていく。

 僕は、今日まで見てきた何よりも、この花に“戦争”を感じさせられた。忘れられたひまわり。わすれられて、
日、回り。壊れる事よりも、壊されずに放置されることのほうが、怖かった。

 突き動かされるように、僕はひまわりへと手を伸ばす。

(*゚ -゚)「……だめ」

 僕の服の裾をつかみ、しぃが呟いた。初めて見た。しぃの瞳に殻はなく、漏れ出してくる意思が見て取れる。
それはだめ、それはしてはいけないことと、強く訴えかけている。僕は伸ばしかけた腕を下げ、ひまわりを見て、
次いで、窓の外を見た。

 窓から見える四角い世界。赤すぎる空が、街を焼き尽くす様子が広がっている。

 やっぱり、空は不公平だった。



57 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 20:20:24.48 ID:PFwEHQpd0

 僕がこの教会を見つけたのは、足の疲労を感じて休みたいと思っていたときだ。街の外れに隠されるように建
っていた。天井の十字架が取れ、風化こそしているが、原型を保ったまま残っていた。だが、先程の例もあるの
で慎重さは失わないようにする。中はクラシックな教会の造りといった風情で、真ん中に板張りの通路、横に長
い椅子が脇を固めている。奥には壇上があり、聖書を置くのであろう机と、後方に巨大な女神像があった。

(主^ω^)「……しぃ?」

 しぃは僕を見つめたまま、入り口から動かない。再度呼びかけるが、それでも動こうとしない。少し戸惑った
が、無理に連れまわすものでもないと思い直し、「ちょっと待ってて」と声をかけてから教会の探索を開始した。

 板張りの床の上を踏むと、ほこりが舞い上がりながら板の軋む音が響いた。静寂の教会の中で歩いていると、
自分の中におごそかな気持ちが芽生えてくる。椅子の下を見てみるが、当然こんな所にDATは転がっていなか
った。壇上に登り、机の前に立つ。入り口に、夕日の中で佇むしぃの姿が見える。逆光のせいで、どんな顔をし
ているかは見て取れない。

(主^ω^)「……アーメン」

 意味もなく神父の真似事をしてみた。予想外の恥ずかしさに襲われた。急いで顔を逸らし、後ろの女神像へと
振り向く。ミニじゃないので、当然中は見れなかった。期待してたなんてことは断じてない。意外と豊満な胸の
上に、本来あるべき顔がない。最初は取れてしまったものだと思っていたが、こうやって近づいて断面を見ると、
どうやらはじめからこういうデザインで造られたもののようだ。

 両腕を下に垂れ下げ、掌が床に接地している。自分の知識の中ではこういう形の女神像は知らなかったので、
珍しい形をしているなあと考えていた。普通は胸の前で手を組んでいるものだと思う。それにしてもでかい胸だ。
ただの感想であって、変な事を考えていたなんてことは断じてない。

 地面と接地している掌には、びっしりと模様が彫ってあった。模様というより、文字のようにも見える。触っ
てみると、ざらついた石の感触の他に、それとは違う無機的なものを感じる。


58 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 20:21:53.59 ID:PFwEHQpd0
「そんな所で何をやってるんだい?」

 人の声が聞こえ、僕は咄嗟に女神像から手を離した。悪いことをしているわけではないはずだが、よくわから
ない罪悪感めいたものが、僕の体を強張らせた。

 しぃの立っていたはずの場所に、背の高い男の影が立っている。逆光のせいで男の顔は見えない。影が、押し
殺した声で“くっくっ”とわらう。そして、僕の方へと近づいてくる。

「驚かせたならすまんな、少年」

 渋みのあるバリトン。だが、声に似合わずしゃべりかたは軽い。軽薄な印象すら受ける。影が僕に向かってく
るごとに、影から男の体へと変じていく。高級そうな革の靴に、質の良さそうなダークグレーのズボン、下と合
わせたダークグレーのスーツをラフに着こなしている。

「嫌われるのは苦手でな。ここはひとつ、仲良くしようじゃないか――」

 わらっているのか憮然としているのかよくわからない表情。年寄りのようには見えないが、若者だとは口が裂
けても言えない。そいつは、僕の方を向き、口を開いた。

( ,_ノ` )「少年」









                         ―― 了 ――

60 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 20:23:23.31 ID:PFwEHQpd0
『これがそうですか』

『はい、あなたのご子息。あなたの遺伝子を受け継いだ、優秀な個体です』

『いつみても、これが人になるというのが信じられませんね』

『そうでしょうか。私には当然のことのように思えますが』

『! 動いた。反応した、のですか?』

『はい。胚段階にして、これには意思が備わっています。日常会話ならば既に理解可能です』

『……素晴らしい』

『あなたと彼女の遺伝子が組み込まれているのです。当然の――』

『これは私の物です。彼女は関係ない』

『失礼』

『これはいつ?』

『後三週間ほどで完成する予定です』

『調整を完璧にし、二週間で行いなさい。一切のミスは許しません』

『了解しました』

『……楽しみです、あなたが完成するのが。速く、その才能を私に見せてください――』

62 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 20:24:52.83 ID:PFwEHQpd0
                         ―― 三 ――



 聞こえてくるのは、途切れる事のない機械の稼働音、パイプの中を高速で移動する水の音、それらに紛れた消
え入りそうな人の息づかい。赤色灯が部屋の中を照らしている。部屋の元の色がわからない程に、すべてが赤く
染めあげられていた。

 部屋の中にはパイプにつながれた五本の透明なシリンダーが並べられている。当然照明により赤く染まってい
るが、真ん中の一本のみ緑色の溶液が満たされ、薄く発光し、赤色の中で自己の存在を主張していた。シリンダ
ーの中には裸の少女がたゆたっている。

 男は部屋の中心で力なく座り、残された左目で少女を見つづけていた。その様は、魂の抜けた痴呆の老人のよ
うである。生きているのかどうかも危ぶまれるほどに微動だにしない。

 空気の抜けるような音と同時に、扉が壁の中に吸い込まれるようにスライドした。赤一色の世界に、白い光が
差し込む。白い光の下、扉の前には、赤い人影が立っている。ボンブルグハット、トレンチコート、革の手袋に
革の靴。色さえ違えばそのまま探偵の格好になるのだが、それらはどれも赤色にコーディネイトされている。そ
して、奇妙な事に、ボンブルグハットの下の素顔は晒されておらず、赤い包帯が巻きつけられていた。

 赤い人影が部屋の中に入ると扉はしまり、再び部屋の中が赤に満たされる。保護色に染められ、赤い人物がど
こにいるのか、目を凝らさなければわからなくなる。

 しかし、隻眼の男は赤い人物のほうを向く。こぼれそうな巨大な瞳で敵意を剥き出しにし、睨みつける。

「怖い顔しないでくださァい。なんかヤなことでもあったんでェすかァ?」

 所々イントネーションが外れた金物のような甲高い声が、赤い人物から発せられる。

「ペニサスに血を見せないでください」

63 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 20:26:22.69 ID:PFwEHQpd0

 男は骨ばった体からは信じられない程明瞭な声をだした。瞳と同じような、挑むような声。

「おやァ、気づきましたかァ。意外と耄碌してねェんでェすねェ!」

 赤い人物は元の赤色とは違う赤黒い液体の付着した服を震わせ、赤い照明の下で笑いだす。包帯の中の顔がう
ねり、甲高い声の合間から蟲が蠢くようなキシキシという音が聞こえてくる。

「アナンシさん……」
「あれあれェ、怒りましたかァ? 怒っチまいやがりましたかァ? オー怖い怖ァい。ボクは悲しいなァ、それ
 が恩人に対して向ける目ェなんでェすかねェ?」
「恩人であれ、人殺しは嫌いですよ」

 男の言葉を聞くと、アナンシと呼ばれた人物は両手を万歳のように広げて、いかにも驚いていますといったポ
ーズを取る。それから、今までよりも一際甲高い声で笑いだした。そうして笑いながら、少女が入ったシリンダ
ーへと歩む。アナンシから球状の物体が零れ落ちるが、気にした様子はない。

「おかしなこと言いやがりまァすねェ、ワカッテマスさァん。アンタ、コレに会いてェんでしょォう? だった
 らァ、やるこたァボクと同じはずだァ」
「やめろ!」
「やめてあげませェん」

 アナンシが少女たゆたうシリンダーに触れる。掌から赤い液体が垂れだし、透明なシリンダーの表層を伝う。
液体は不透明で、徐々に少女の体は赤色に隠されていく。まるで、少女の中から血液が噴出しているかのように。

「うあ、ぁああぁ……」

 ワカッテマスと呼ばれた男がふらつきながら立ち上がり、アナンシをどけて液体を拭い去ろうとする。だが、
液体は拭っても拭っても広がるばかりで、一向に少女の姿は見えてこない。


65 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 20:27:53.76 ID:PFwEHQpd0
「なにヤル気失せヤがってんでェすかァ。てめェの大事なモン護るよりィ、知らねェガキのほうを取っチまいヤ
 がンでェすかァ?」
「私は……、もう、人が死ぬ様を見たくない……」
「んじゃあ、諦めまァすかァ?」

 アナンシから零れ落ちた球状の物体がキシキシと蟲が犇き蠢くような音を立て、内部から六本の蜘蛛の足が表
面を突き破って這い出てくる。それは、蜘蛛のように立ち上がり、ワカッテマスの背後へと蠢きだした。

「……手段があるのならば、私は決意しなければならない。ペニサスは、私のすべてなのだから。ペニサスがか
 えってくるのなら、私は……」
「それでいいんでェすよォ」

 アナンシはワカッテマスの言葉に満足したように頷き、自らが落とした蜘蛛脚のそれを踏みつける。それは上
からの圧力で球状から変形し、弾性が限界にまで達したとき、弾け飛んで潰れた。中から腸のようなものが飛び
出す。バラバラになった足が、それでもなお動く事をやめなかった。

「ペニサス……」

 ワカッテマスのつぶやきに、少女が反応することはなかった。



(主;^ω^)「な、仲良く?」
( ,_ノ` )「そう、仲良くだ」

 男は手を伸ばしてきた。古武術の構えをとったのか、でなければ握手を求めたように見える。仲良くと言いな
がら襲い掛かってくる卑劣漢なんて、僕の記憶ではひとりしか思い出せない。おそらく後者で正解だろう。細長
い指で構成された手が、僕に向けられる。ピアノ奏者のような恐ろしく長い指。細いのに、そこに弱々しさは感
じられない。むしろ、握ったら二度と離さないと思わせる力強さを感じる。


67 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 20:29:23.46 ID:PFwEHQpd0
 この手を握り返していいものか、わからない。あまりにも軽い話し方から、胡散臭さを感じた。信用していい
ものか迷う。「仲良く」という言葉が不信感を増大させる。

( ,_ノ` )「少年、名前は?」
(主;^ω^)「……こういう場合は、だお?」

 僕の返答に少しだけ面食らった顔をした後、男は押し殺した声で“くっくっ”とわらった。

( ,_ノ` )「失敬失敬、俺の名は渋沢。今はこれだけだ」
(主^ω^)「……クルベ」
( ,_ノ` )「ふん、クルベ。いい名だな、少年」

 「本当の名前じゃないけど」とは言えなかった。名前について考えると、ショボンの顔が頭に浮かび、次いで
しぃが浮かんだ。そこまで考えて、ようやくしぃがいなくなったことに気づいた。僕が神父の真似事をやったと
きに見たのが最後だから、もしかしたら渋沢と会っていたかもしれない。

(主^ω^)「女の子を見なかったかお?」
( ,_ノ` )「女なら嫌というほど目にしてきたさ」
(主^ω^)「それはうらやましい。けどそういうことじゃなくて」

 しぃの外見や雰囲気、さっきまでこの場所にいたことを説明したが、渋沢は会っていないらしかった。渋沢が
来る前にどこかへ行ってしまったのだろうか。

 そういえば、と、しぃが教会に入ろうとしなかった事を思い出した。疲れてしまって、家へ帰りたがっていた
のかもしれない。あのとき、逆光のせいで僕にはしぃの表情はうかがえなかった。しぃは子供的な心理で意見す
るのも気恥ずかしいから目で合図を送ったが、僕が女神像の方へ向いたのを見て自分の意見は叶えられないもの
だと勘違いし、ひとりで帰ってしまったのだ。僕はそう結論づけた。他の可能性は無理矢理考えないようにした。

 しぃのことは隅に置き、現状について考える。目の前の男、渋沢。聞きたい事が多すぎるために、頭の中でう
まく言葉にできない。それでも質問しようと試みるが、要領の得ない文章になってしまい、口ごもってしまった。

69 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 20:30:53.02 ID:PFwEHQpd0

( ,_ノ` )「仕事があまりにつまらないものでな、暇つぶしに付き合ってくれる相手を探していたんだよ、少年」

 支離滅裂な僕の質問をうまい具合に解釈し、渋沢は答えてくれた。言いたいことをあまりにうまく汲み取って
くれたので、感心して頭が麻痺してしまう。内容の酷さに目をつぶりそうになってしまったほどだ。

(主^ω^)「いやいや、真面目に仕事しろお」
( ,_ノ` )「少年、俺はな、不確かな明日のために今を犠牲にする蟻よりも、今この瞬間だけを見据え、懸命に
      生きようとするキリギリスにシンパシーを感じるんだよ」
(主^ω^)「なに口の回るニートみたいな事言ってんだお、社会人」
( ,_ノ` )「つれないなあ、未成年」
(主^ω^)「釣られるかお、労働者」

 たのしい会話だった。

 渋沢はひとりで勝手にしゃべりつづけた。仕事がいかにつまらないだとか、世の中は世知辛いなど、普通に言
ったら愚痴に聞こえるような話を、おもしろおかしくユーモアたっぷりにしゃべりつづけていた。

 僕ははじめ、いぶかしんだ。何か裏があるんじゃないかと言葉の端から何かを感じ取ろうと躍起になったが、
そんなものは見つからなかった。どころか、渋沢の話があまりにもおもしろいので、うずうずとしてきてしまい、
最後には自分から会話に参加した。こんなふうにまともな会話をしたのが久しぶりなので、余計におもしろく感
じていたのかもしれない。

( ,_ノ` )「信用していただけたかな?」

 会話の隙を突き、渋沢は言った。すでに答えを確信している言い方だった。

 渋沢の手を握る。血の通った人間の手だった。



71 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 20:32:23.75 ID:PFwEHQpd0

(主 ゚ω゚)「うお、お――――……」

 息が漏れる。捻った感想を言ってやろうと意気込んだが、何も考え付かず、でたのはマヌケな息だけとなって
しまった。

 教会で友好の証として握手を交わした後、渋沢に「いい所に連れてってやる」と言われた。“いい所”が何か
考える事もせず、ほいほいついていった。“いい所”のことを女の子が沢山いるエロチックなうはうはハーレム
だと想像していたなんてことは断じてない。

 自分の考えがいかに不純なものだったか思い知った。目の前に創られた光景は、まるで、宇宙の縮図のようで
はないか。茜色の宇宙。

 背の高い樹々に囲まれた池に、燃えるような夕焼が差し込む。陽の光が木々によって陰影をつけられ、池の上
に明暗が生み出される。明るい部分が星々の連なり、暗い部分が宇宙の空気だ。空を浮かび始めた月が池の中に
反射し、中心に据えられる。

 息が漏れ、言葉を考え、結局息を漏らすだけで終わってしまう。

( ,_ノ` )「気に入ってもらえたようで安心したよ、少年」

 言いながら、渋沢が草のクッションの上に座る。倣って僕も座る。

( ,_ノ` )「少年が今何を考えているのか、俺にはわかるぞ」

 そうか、わかるのか。この人は実はすごい人なのかもしれないなあ、はじめの態度は失礼だったかなあ、など
と僕は考えていた。

( ,_ノ` )「隣に座ってるのが彼女なら良かったのになあ、と考えているな」
(主 ゚ω゚)「うわーい、すごい的外れ!」

73 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 20:33:59.48 ID:PFwEHQpd0
( ,_ノ` )「十五歳、157センチ45キロのカップはC。褐色の肌に金色の巻き毛。性格は快活でよくわらう。
      趣味は画鋲をコマのようにしてひとりで回すこととミステリー小説の犯人を教えまわること。好き
      なものは甘いもので嫌いなものは塩辛い人生か。いい彼女じゃないか、少年」
(主 ゚ω゚)「なにその具体的なスペック! 趣味と性格一致してないし!」
( ,_ノ` )「俺の好みだ」
(主 ゚ω゚)「ギリギリで犯罪だお!」
( ,_ノ` )「はっはっはっ!」
(主;゚ω゚)「なぜわらうー!?」

 本当に何のわらいだろう。聞いてはいけない気がする。

( ,_ノ` )「少年が今何を考えているのか、俺にはわかるぞ」
(主^ω^)「……わかってるなら、もうしゃべらないでいてくださいお」
( ,_ノ` )「彼女がDなら良かったと考えているんだろう?」
(主 ゚ω゚)「考えてねえ!」
( ,_ノ` )「なに? 小さな胸がすきか」
(主 ゚ω゚)「そういう意味じゃない!」
( ,_ノ` )「小さな女の子がすきか」
(主;゚ω゚)「一語変わっただけでやばい意味になっちゃった!?」
( ,_ノ` )「俺はすきだ」
(主;゚ω゚)「ロリコン宣言されちゃった!?」
( ,_ノ` )「ロリコンという言葉がロリータ・コンプレックスの略なのは周知の事実だが、その起源は意外と知
      られていない。この言葉、亡命ロシア人貴族ウラジミール・ナボコフがアメリカで発表しようとし
      て断られ、1955年、パリでようやく日の目を見た『ロリータ、ある白人の男やもめの告白』と
      いう書の女主人公ロリータからきている。この知識は少年の脳内に深く刻み込んでおいてあげよう。
      ちなみに、この話を聞いた者は一週間以内に五人の人間に同じ話をしなければならない。でないと
      永久にインポテンツになってしまう。少年で丁度五人目だ、ありがとう。これで俺の男は守られた」
(主;゚ω゚)「いらない知識植えつけられたうえに変な呪い押し付けられちゃったー!?」

 たのしすぎる会話だった。

74 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 20:35:28.81 ID:PFwEHQpd0

 僕の世界やDAT、この世界に来た理由、この世界に来てからの生活について話した。ショボンやしぃのこと
はできるだけ隠しながら。隠した理由は自分でもわからない。もしかしたら、彼らに対して後ろめたさを感じて
いるのかもしれないと思い至った。

 そして、今悩んでいる事についても。

( ,_ノ` )「……十一歳は犯罪だろう」
(主;゚ω゚)「そんなこと一言も口にしてないお!?」
( ,_ノ` )「ロリコンという言葉がロリータ・コンプレックスの略なのは周知の事実だが――」
(主;゚ω゚)「それはもういいから! いいから!」
( ,_ノ` )「それじゃあ運命を『さだめ』、宇宙を『そら』と読んだりするやつがうざいと言いたいのか」
(主;゚ω゚)「僕は高二病じゃねー!!」
( ,_ノ` )「はっはっはっ!」
(主;゚ω゚)「だから何のわらいだー!!」

 仕切りなおして、

(主^ω^)「……自分の想いのために勝手な事してていいのかなって……」

 今日一日をかけて見てきた戦争の傷跡。一方の想いのせいで他の想いが消されてしまった、想いを押し付けた
これ以上ない最悪の結果。許す許さないではなく、それはとても悲しい事。けれど、僕がやっていることも同じ
なのではないだろうか。

 ショボンが言った事とは別だ。僕が動いたら世界がどうとか、そんな大それた話じゃない。これはもっと、小
さな事。壊されてしまっていても、残されるもの、人の想い。思い出すのは、ひまわり。あれを引き抜いてしま
うこと、それが僕がやっている事なのではないかと思う。

 僕は、自分の想いを優先させて、僕以外の人の想いをないがしろにしているのではないか、と考えてしまう。


75 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 20:36:58.60 ID:PFwEHQpd0
( ,_ノ` )「生きるというのは面倒な事だ。そうは思わないか? 少年」

 渋みのあるバリトンを響かせ、渋沢は言う。

( ,_ノ` )「純粋じゃないんだよ、不純が紛れ込む。産まれたときに抱いていたはずの自由な想いが、生きてく
      うちに黒ずんで見る影もなくなっちまう。てめえがただ生きていただけのはずが、知らない間に他
      人にまとわりつかれて、身動き取れなくなるんだな。それでも動きたいやつは、これはもう、他人
      の想いを殺して、自分が動けるスペースを多めに確保するしかない。世知辛いが、仕方がない。俺
      たちは、生きているんだから」

 僕らは、生きているから。

( ,_ノ` )「少年みたいなやつは案外多い。けどな、そういうやつらは大抵生きにくそうに喘いでる。生き方が
      下手糞なんだな。我侭ができないもんだから、賢い生き方をしてるやつらにスペースを奪われっぱ
      なしになる。スペースがなくなれば必然、体をちじこませなければならなくなる。そうして引っ込
      んでる間に心は弱り、他人を殺す術を忘れる。最後には、自分を殺すことになっちまう」

 奪われたスペース。僕は今、縮こまっているのだろうか。

( ,_ノ` )「探し物――DATと言ったか? そいつを探そうとすれば、少年は今以上に奪う側の痛みを味わう
      事になるだろうな。そして、そいつが見つかったとき、他の誰かがすでに所有した後だったら……、
      他人から奪う事、少年にはできるかい? なあ、少年――」

 それは突然の事だった。喉元にあてられた冷たく、薄い感触に気づく。それは肉を軽く押し呼吸器官を圧迫し
ている。顎の下の死角に入り込んでいるのでそれが何かは見えないが、首を動かして確認する気にはならなかっ
た。渋沢は微動だにしていない。それは、僕が話している間も、喉元に付けられていたのだ。

 渋みのあるバリトンを響かせ、渋沢は言う。

( ,_ノ` )「死にたくは、ないか?」

79 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 20:38:27.60 ID:PFwEHQpd0



(主;゚ω゚)「……い……、……ら……」

 「いつから」と言おうとしたが、喉元が気になって声が出せない。呼吸する事すらはばかられる。口の中に溜
まる唾液も飲み込めない。まばたきも、心臓の動きさえ止めたくなる。だというのに、どうしても、震えが止ま
らない。震えが、止められない。

( ,_ノ` )「ロリコンという言葉がロリータ・コンプレックスの略なのは周知の事実だが、と言った辺りからだ」

 「どっちのだよ!」と突っ込むこともできない。

( ,_ノ` )「こいつを引けば、少年は痛みを感じる間もなく死ぬ事ができる。生きづらい人生から、解放される。
      なあ、少年、きみは生きたいのか? それとも、死にたいか?」

 喉が震え、声が出せない。心が震え、答えが出せない。

( ,_ノ` )「そうか、残念だ……」

 僕の喉を、薄く輝く刃が駆けた。



 僕の首と胴は、繋がったままだった。

( ,_ノ` )「冗談だよ」

 いつの間にか、渋沢は背中を向けて立ち上がっていた。「冗談」ということ言葉が嘘くさくて、僕は僕が生き
ている事が信じられなかった。

81 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 20:39:56.78 ID:PFwEHQpd0

( ,_ノ` )「無理はするなよ、少年。できないことはどうしたってできないもんだ。そういうのはできるやつに
      任せちまえ。“らしく”生きれば、それでいい」

 渋沢は背を向けたまま歩き出す。ダークグレーのスーツが暗闇の中に消えていくのを見送っていると、片手を
上げて、掌をひらひらと左右に動かした。手の先には、向こう側が見えそうなまでに透け、半円の月が写ったナ
イフ。「それじゃあな、少年」という言葉を残して、渋沢は去っていった。

 喉をさすりながら、つぶやく。

(主^ω^)「……名前、覚えろお」

 地上に落ちた宇宙は黒く染まり、まんまるい月を湛えていた。



 僕は今、家の前で突っ立っている。家出少年がやむなく家へ戻ってきたときの気分を理解した。

 渋沢が去った後、僕は帰路へと着いた。あてどもなくどこかへ行ってしまおうかとも考えたが、しぃが本当に
家へと帰っているのか確認したかったし、現実的な問題として、僕はおなかが空いていた。自分でも悲しくなっ
てくるが、やはり食欲には勝てないようである。

 今日はかなりの距離を歩き回ったので、帰りは迷うかもしれないと思っていたが、昼間の脳内マッピングが効
いたのか、すんなりと帰ってくることができた。すんなりといかなかったのは、家にたどり着いてからだった。

 ショボンはもう帰ってきているだろうか。正確な時間はわからないが、おなかの頃合から見て、もう帰ってき
ていてもおかしくない。無断で外に出て行った僕を、どう思うだろうか。そういえばと、ショボンが、できるだ
けしぃと一緒にいてくれと言っていたことを思い出した。もし、しぃが帰ってきていないとしたら。嫌な考えが
頭の中を占める。しぃのことを純粋に心配するのではなく、自分の保身のためにしぃの安全を願っている自分に
気づいて、自己嫌悪が更に深まっていく。おなかの虫だけは、元気だった。

82 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 20:41:26.87 ID:PFwEHQpd0

 果たして、しぃはいた。けれど、それで胸を撫で下ろすことはできない。ショボンもまた、いたからだ。脳内
で言い訳の言葉が高速で並べられていく。けど、そのどれも、状況に即した文にはなりそうになかった。

(´・ω・`)「おかえり」

 ショボンは僕を見ることなく、言った。僕が川から戻ってきたときのような、いつも通りの自然さで。僕が返
事をできないでいると、もう一度繰り返した。

(´・ω・`)「おかえり」
(主^ω^)「……ただいま」

 返事をすると、ショボンは無言でパンと干し肉を寄こした。それだけのことだった。なのに、喉が震えて、鼻
がひくひくと動いて、目から何かが溢れそうになった。自分でもよくわからない衝動が、僕に痴態を演じさせよ
うとしている。せり上がってくる感情を体の底に押し返すために、自棄になってパンを押し込む。

 まずくてしかたがなかった。



(´・ω・`)「この街の中なら、歩き回ってもいい」

 食後暫く経ったころ、ショボンが唐突に言った。「え?」と無意識の内に声がでた。言葉の意味を理解するの
に数秒かかった。

(´・ω・`)「あんまり嬉しくなさそうだね」
(主^ω^)「いや、そんなことは……」

 意味を理解するのに時間がかかったのでリアクションを取るタイミングを失ったというのもあるが、単純に僕
は疲れていた。今日はいろんな事がありすぎた。今日の事を思い出していると、ひとつだけ言わなければならな

83 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 20:42:57.24 ID:PFwEHQpd0
いものがあることに気がついた。

(主^ω^)「ねえショボン、ロリコ――」
(´・ω・`)「僕はロリコンが嫌いだ。ロリコンという下賎な輩が嫌いだ。ロリコンという言葉そのものが大嫌い
      だ。すべてのロリコンひとりひとりに天才マンの拷問を順繰りに順繰りに仕掛けていったとしても、
      僕の中の憎悪の炎は消えることはない、ありえない。もし、きみが忌むべき言葉、ロリコンをその
      口から吐いたならば、僕はきみに、一日のうちに産まれたことを百と八度後悔する地獄の責め苦を
      与える。それだけではすまない、すまさない。生かさず殺さず、自分がなんなのかわからなくなる
      まで、わからなくなっても、例え死んでいようとも、呼び戻して裁きを与えつづける。終わりなく
      与えつづける」
(主;^ω^)「……ごめんなさい」

 二度と口にしないことに決めた。

 しぃを見ると、眠っているのか、両目をキャップのつばに隠したまま体育座りをして、動かない。その姿を見
ていると、またもや渋沢との会話を思い出し、あることを聞いてみたい衝動に駆られた。ショボンに聞いてもい
いものか悩んだが、好奇心には勝てなかった。

(主^ω^)「……しぃって今、幾つだお?」

 ショボンに聞いたつもりだったのだが、口だけを動かして、しぃが答えた。

(* - )「……十一」

 渋沢、やはりすごい男のようだった。




                         ―― 了 ――

86 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 20:44:26.59 ID:PFwEHQpd0
『……』

『どうか、なさいました?』

『……VIPの動きが少し……。……戦争になるのかも、しれません』

『……ここが、ですか?』

『私は、ここを離れたくない。あれと、あなたとの思い出が詰まったこの町を』

『……』

『荒巻王は懸命なお方だ。何事もなく終わることも……』

『お父様、思い出で命はかえりません。失いたくない気持ちは私も同じ。ですが……』

『……年を取るというのは、弱くなるという事かもしれない。大切なものが増えすぎた……』

『……』

『ですが、それでも、私の最も大切なものは……』

『お父様……』

『最後に、ひまわりを見に行きましょう。あなたが愛したひまわりの花畑。思えば、長いこと行っていなかった』

『……はい』

『私は、あなたを守ると誓った。これから先も、ずっと、ずっと――』

89 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 20:45:55.80 ID:PFwEHQpd0
                         ―― 四 ――



 緑の村。広大な敷地の中で、身を寄せ合うように集まった木造りの家々。巨大な風車が眠気を誘うような動き
で回っている。細長い煙突から白い煙が輪っかになって、空の青と同化していく。

 畑の隅にある切り株に腰かけ、流れる汗を拭きながら一息ついている老人。老人の隣で舌を出しながら座って
いる黒い犬。はたきのような尻尾を左右にふりふり、土煙をおこしている。

 簡素な井戸の周りに三人の婦人が集まって談話していた。ひとりの婦人がしきりにおなかをさすっている。い
たわるようにさすりつづける姿は、命を感じさせる。がたいのいい婦人が何かを話した後、三人揃って声を上げ
てわらいだした。夫の悪口でも言っていたのかもしれない。

 村の建物の中で比較的大きな建物。その前で、数人の少年少女が集めっていた。ひとりの少年が不安定な格好
で赤い球の上に乗っており、周りの子供たちがはやしたてている。少年は崩れたバランスを取り戻そうと球の上
で腰や肩や腕などを動かしていたが、結局落下してしまった。お尻を打ちつけたのか、手を当てながらぴょんぴ
ょんと飛び跳ねている。

 その様子をショボンは見つめていた。長い髪に隠れた瞳は、ひとりの少年を捉えている。

J( 'ー`)し「あの……、うちの子たちがなにか?」

 井戸の周りで話していた婦人のひとりが、ショボンに話しかけてきた。おなかをさすっていた婦人とがたいの
いい婦人が、ショボンのほうをちらちらと見ながら声を潜めて話している。よく見ると、村の人間たちが遠巻き
に、奇異なものを見る目をショボンへ投げかけている。

 ショボンはそれらの視線を意にかえした様子もなく、ひとりの少年を見つづけている。

J( 'ー`)し「あの……」

90 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 20:47:26.13 ID:PFwEHQpd0

 表情を変えず、ショボンは目の前の婦人に向き直る。

 茶系でまとまった地味な服装。髪の毛が後ろに纏められているが、くせっ毛なのか、纏まらずに所々はねてい
る。後ろ側に引っ張られあらわになった額には、幾筋もの皺が刻み込まれている。困った顔をしながらも気丈さ
を失わない顔は凛としたもので、若い頃は美しい顔だったと窺わせる。

(´・ω・`)「あなたが、孤児院の責任者ですか?」

 ショボンの声に婦人が戸惑った様子を見せる。どう反応していいのかわからないといった表情だ。辺りが露骨
にざわめく。遠巻きに窺う女衆にまぎれて、数人の男たちが鍬を持って睨みをきかせている。

J( 'ー`)し「は、はい……!」
(´・ω・`)「そうですか……」

 ショボンは口を閉ざし、まぶたを閉じる。誰も動かない、止まった時間が過ぎる。

(´・ω・`)「あなたは、血の繋がらない子供を、自分の子と呼んでいましたね」

 おそるおそる、婦人は頷く。

(´・ω・`)「なぜです?」

 婦人はあごに手を当て、考え込むポーズをつくった。頭の中で捻りだそうとしているのではなく、当たり前の
言葉をどうやって伝えようか迷っているようだ。たっぷりと時間を置いた後、婦人は、今度は毅然とした態度で
話し出した。

J( 'ー`)し「血が繋がってるとか繋がってないかなんて、考えたこともありません。それは、はじめからすべて信
      頼するなんてことはできませんけど。でも、いたずらとか、喧嘩とかの危ないことをしてるのを見る
      と、本気で叱っちゃうんです。それこそ、村中に響くような声です」

92 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 20:48:56.09 ID:PFwEHQpd0

 婦人は顔を伏せて、はにかみわらいをする。

J( 'ー`)し「そうして叱ってる間に、『あ、私はこの子のことを愛してしまったのね』って気づくんです。一緒に
      いる間に、情がうつってしまうんですね。あの子たちの事を、これ以上なく想ってしまうんです。あ
      の子たちもそれに応えてくれる。私の事を想ってくれる。きっと、たぶん、想うことは想い合うこと
      なんですよ。血が繋がっていなくても、私たちは想い合える。だから、私は母であれるのだと思いま
      す……」

 婦人は話を終え、長い事しゃべったせいか、恥ずかしさからか、顔を赤らめてわらっている。ショボンもつら
れるようにしてわらった。

(´・ω・`)「……あの子たちがうらやましいです。僕には叱ってくれる人がいなかった」
J( 'ー`)し「そんな、私の気が短いだけですよ」
(´・ω・`)「それでも、彼らは今、しあわせだ……」

 ショボンの顔が険しいものに変わる。それは羨望や諦観がないまぜになったような、複雑な表情に見える。だ
が、髪に隠されている上に一瞬のことだったので、彼の表情が婦人に悟られる事はなかった。

「カーチャン、どうしたお?」

 いつの間にか、孤児院の前にいた子供たちがショボンと婦人の前に集まってきていた。その中のひとりの少年
が前に出て、ショボンと婦人の間に割り込むように入ってきた。

J( 'ー`)し「なんでもないのよ。少しお話してただけなの」
「ふうん?」

 少年はなっとくいかないといった表情をしたまま、ショボンのほうを見た。

「おじさん、かみのけながすぎだおっ!」

94 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 20:50:25.85 ID:PFwEHQpd0

 婦人が少年を嗜めようとしたが、それよりはやくショボンが口を開いた。

(´・ω・`)「そうだね、もし今度会う機会があったら、髪を切ってさっぱりしてからにするよ。きみの顔がよく
      見えるように、僕の顔が、見えるように」

 それだけ言うと、ショボンは婦人に軽く会釈し、顔を隠すような格好のまま去っていった。ショボンがいなく
なった後、傍観していた村人たちが婦人の下に集まっていた。



 正式に外出を許されてから三日、この世界に来てから六日目が過ぎようとしていた。この三日間街の中を隈な
く探したが、DATは依然見つかっていない。ショボンにも聞いたが、やはり見つかっていないとのことだ。

 街の外にあるのではないかとも考えたが、僕が持っているDATの共鳴はこの付近にあることを示している。
形を変えているとしても見ればわかるから、見過ごしてしまったという事も考えづらい。

 完全に行き詰っていた。

(主^ω^)「……見つからないお」
(*゚ -゚)「……ざんねん」

 赤色がなりを潜め、遠くの空が黒に覆われようとしている頃。いつものようにしぃと帰路に着いていた。六日
間で最も変わった事は、しぃの僕に対する態度だと思う。といっても、そんなべたべたするような関係になった
わけではない。少しだけ会話できるようになって、瞳の中の意思をごくまれに見せてくれるようになっただけだ。
ショボンの目が怖かった。

 しぃは僕のDAT探索に毎日ついて来た。目的があってついて来ているのではなく、単純な好奇心でのことら
しい。こっちは必死になって探しているというのにその理由はなんだ、と思ったが、この広い街の中をひとりで
探し回ることを想像すると、しぃの存在は非常にありがたかった。

98 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 20:51:55.59 ID:PFwEHQpd0

(´・ω・`)「おかえり」
(主^ω^)「ただいまだお」
(*゚ -゚)「……いまだお」

 家に帰ると既にショボンがいた。一応今日も聞いてみるが、やはり見つからなかったとのこと。

 恒例の食事。初日は固すぎて噛み千切れなかった干し肉も、今では普通に食べれるようになった。食べるため
にはコツがあり、それを見つけると意外なほど簡単に食べれることを発見した。相変わらず味は最悪だったけど。

 いつもはこの後に川へ行って汗を洗い流して、裸で山に向かって吼えて返事をもらい、それから家に帰って寝
ている。だが、今日は違った。

(´・ω・`)「クルベ、きみはたしか父親に頼まれてDATを探しているんだよね?」
(主^ω^)「………………へぁ?」

 初日以来、ショボンから質問をしてくるのははじめてのことだった。ショボンから話しかけてくる記憶自体、
すんなりと頭からでてこない。だから、はじめ僕に向かって質問したのではなく、しぃに向かって言ったのか
と思った。僕の意味不明な返事も意にかえさず、ショボンはつづける。

(´・ω・`)「きみにとって父親とは、どんな存在なんだい?」
(主^ω^)「どんなって――」
(´・ω・`)「答えてくれ」

 有無を言わせぬ言い方だった。いつものショボンにはない、鬼気迫る気迫がある。

 僕は気恥ずかしいものを感じながらも、父について話した。若い頃は勇者として世界に名を轟かせて、現在は
世界を構成するDATを祭った神殿の管理人をしていること。そして、もっとプライベートなこと。何でもでき
る、強くてやさしい僕のヒーロー。僕の自慢の、父親。


100 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 20:53:25.15 ID:PFwEHQpd0
(´・ω・`)「父親の背は、広かったのかい?」
(主^ω^)「広かったお。越えられそうにないくらいに」
(´・ω・`)「そう、か……」

 気持ちの悪い、沈黙。今日のショボンは、とてもショボンらしくなかった。彼はいつも、もっと余裕のある、
超然とした態度をしている。僕では覗けないような深さで、何を考えているのか悟らせなかった。だが、今のシ
ョボンは、焦っているような、迷っているような態度が表情に浮かび上がり、意識の片鱗を見通す事ができる。
本当にらしくない。

 “らしく”生きろ。三日前の渋沢の言葉を思い出した。

 ショボンが立ち上がった。長い髪に隠れた瞳が僕を見ている。いつの間に持っていたのか、手の中の重量感の
ある黒色が鈍い輝きを放っている。はさみの柄のようになっている部分に指を挿入し、細長い円筒部を僕に向け
ている。円筒の内側をぎざぎざが渦を巻いて、奥の暗闇へと消えている。

 ぞんざいな口で、ショボンは言った。

(´・ω・`)「クルベ、戦うのは得意かい?」

 円筒の暗闇が白色に燃えた。



(主;^ω^)「な、な、なん!?」

 ショボンの手から発射された何かは、僕の脇を過ぎ、背後にいた巨大な目玉を貫通した。人の頭ほどもある目
玉から蜘蛛の脚がはえ、赤や灰色の視神経らしきものが垂れている奇怪な物体。人の血よりも赤黒い液体を噴出
しながら、脚をキシキシと動かして蠢いている。生物なのだろうか、これは。

 ショボンが手の中のものからもう三発発射すると、目玉は動かなくなった。

102 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 20:54:54.77 ID:PFwEHQpd0

 僕が目玉の屍骸に目を奪われていると、意外なほど近くから、犇きあった蟲が蠢くようなキシキシという音が
聞こえてきた。生理的嫌悪感を抱かせる、乾いたものが擦れあう音。体の芯にぞっとしたものが走る。

(´・ω・`)「しぃ!」

 ショボンの声に合わせて、しぃがテーブルの下に駆け込む。同時に、窓や壁の隙間、天井から大小様々な目玉
の蜘蛛が姿を現した。本物の蟲のように、何匹いるかわからない。

 視神経を引きずりながら歩く目玉の蜘蛛。歩き方もまるで蟲だ。瞳孔と虹彩の部分がカメラのシャッターのよ
うな動きで、高速に開いたり閉じたりを繰り返している。開いたときに内部で、有機的な長いものがぐねぐねと
うねっているのがかすかに覗けた。一匹一匹が例のキシキシという音を鳴らす。単体ならそれほどでもないのか
もしれないが、集団で鳴らされると頭の中を犯されそうなノイズになる。

(´・ω・`)「さて、こいつらは何だろうね。友好的ではなさそうだけ、ど!」

 飛び掛ってきた目玉に向かって、ショボンは手の中の物を乱射する。発射されたものは正確に目玉蜘蛛を貫き、
屍骸の山がひとつ、またひとつと増えていく。そのたびに、部屋の中に赤黒い液体とこびりつきそうな腐った血
液の臭いが広がっていく。

(主;゚ω゚)「うわ、わ、わ!」

 余所見をしていると、足元に目玉蜘蛛の群れができていた。その中の一匹が脚を折り曲げ、弾かれるようにし
て跳躍した。目の前に飛来した目玉蜘蛛と目が合った、と思う間もなく、目玉蜘蛛の瞳孔と虹彩の部分が開く。
間近で見て、わかった。開かれた部分にはチェーンソーのように微小な刃がびっしりと張り付いている。そして、
内部に見えた長いものは、人の腸のような、ミミズのようなものが折り重なって固まったものだった。所々に鼻
の穴みたいなものがあり、透明な液を分泌している。

 目玉が閉まる。僕の顔を飲み込んだまま。


104 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 20:56:24.76 ID:PFwEHQpd0
 鼻先を何かが通った。直後、腸のようなものから赤い液体が噴出し、目玉の内側が赤色が溜まっていく。

(主;゚ω゚)「うわあ、ああ!?」

 頭を振り乱して目玉の内側から逃れる。目玉は抵抗なく落ち、赤い液体の溜まった床で“べちゃり”と音を立
てて潰れた。意識があるようには見えないが、脚だけが細かく動いている。首筋に痛みが走る。“歯型”がつい
ているかもしれない。顔にまとわり付いた粘性のある液体が不快で、あわてて拭き取る。

(´・ω・`)「戦えないなら隠れてて」

 ショボンはこちらを見ないまま、僕の前にいる数匹の目玉蜘蛛を撃ち抜きながら言った。「邪魔だから」と後
につづきそうな言い方だった。

 その言い方がひどく癇に触った。僕は鼻息をひとつ鳴らして、強くDATを握りしめる。僕だって戦えること
を、少なくとも自己防衛くらいできることを見せつけてやりたかった。

 DATに想いを込める。この世界に来てもっとも強さを感じたものを想像し、具現化する。刀身部が透けてし
まいそうなほどの薄さを保った、小さなナイフ。消え入りそうな半円模様が浮かび上がる。頭の中で描いた構え
を取り、目玉蜘蛛と対峙する。

 今僕の前にいる目玉蜘蛛は三匹。大きめなやつが一匹と、小さいのが二匹。大きいやつが僕の顔目掛けて飛び
かかる。バックステップ、とは言えないような動きで体を後ろに逸らす。同時に、僕の顔があった場所目掛けて
ナイフを振り上げる。

 ナイフは目玉蜘蛛に触れた。一瞬だけ固い感触が手に伝わるが、目玉に切れ目が入ると水を切るように中心部
まで一気に切れた。どこに溜まっていたのかわからないほどの赤い液体が、吐瀉されたように流れ出す。吐き気
を堪え、更に力を込めて切り裂こうとしたが、ぬるりとすべる感触が邪魔してうまく切ることができない。目玉
の中にあった腸のような物体、そこから分泌されていた液体のせいかもしれない。

 苦心していると、小さな目玉蜘蛛の一匹が僕の足目掛けて跳ね飛んでくる。咄嗟に片足立ちの格好になってか

107 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 20:57:55.00 ID:PFwEHQpd0
わし、そのまま足を落として踏みつける。僕はこの世界に来てから今まで、靴というものを履いていない。血眼
になって探す必要性を感じなかったので、なんとなくそのままでいたのだ。深く後悔した。目玉の感触を直に味
わうはめになってしまったのだ。

 表面はつるつるのボールに油を塗ったような感触。踏み込むと水が溜まったベッドみたいにへこんで、足がず
ぶずぶと飲み込まれる錯覚を覚える。ある地点まで踏みつづけると抵抗がなくなり、目玉の白い表皮の部分が弾
け飛び、中から液体と腸のようなものが散乱した。鼻先に腐った血液の臭いがまとわりつく。脚だけがキシキシ
と蠢きつづけている。熱いものが、喉元にまでせり上がってくる。

 眼前のナイフが突き刺さった目玉蜘蛛が、脚を突き出してきた。ほとんど無意識のうちに歯を立てて、その攻
撃を防ぐ。目玉の脚先が、口腔の奥に触れる。全力で顎を閉じると、“パキリ”と軽い音を立てて、やはりとい
うか、粘性のある液体が溢れてきた。

 ナイフの突き刺さった目玉蜘蛛を両手で持ち上げ、、残りの一匹、小さな目玉蜘蛛に叩きつけた。二匹は衝突
の衝撃で、気色の悪い音を立てて潰れた。赤ん坊のようにえずいて口の中に溜まったものを吐き出し、突き刺さ
ったナイフを引き抜く。刀身がぬらぬらと光っている。

 三方向からそれぞれ一匹づつ目玉蜘蛛が襲い掛かってきた。

(´・ω・`)「伏せろ!」

 ショボンの言葉の意味を理解して、というより、反射的に体を伏せた。僕の頭上をショボンが跳んだ。何かが
ぶつかり合う音が聞こえ、頭上が数回煌いた。ショボンは僕の目の前に着地すると、天井に向けて腕を伸ばし、
手の中のものを発射する。赤いものが雨のように降り注ぎ、次いで、穴の空いた目玉蜘蛛が落ちてきた。

 見ると、僕に襲い掛かってきただろう目玉蜘蛛は、一匹は蹴られたようなへこみを持ち、壁に叩きつけられて
潰れている。後の二匹は穴だらけだ。ショボンは、それが自然であるかのように構えなおす。

 普段の表情だった。


110 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 20:59:24.58 ID:PFwEHQpd0


 無限にいるかと思えるほどの数だった目玉蜘蛛も、あらかた片付いた。一匹一匹の耐久力は少なく、十分太刀
打ちできるレベルであった。

 そして、ショボンが最後の一匹に止めを刺した。

(主;^ω^)「終わったかお……?」

 しゃべると口の中から自分のものではない臭いと、形容しがたい味が広がって、顔をしかめてしまう。体中に
自分の汗以外の液体がへばりついている。安堵すると同時に不快感が全身を覆った。

 テーブルの下で隠れているはずのしぃに終わった事を告げるため、腰を曲げて覗く。

(主;゚ω゚)「!? しぃ!」

 しぃの背後に小型の目玉蜘蛛がいた。僕はしぃの手を握り、思い切り引き寄せる。しぃをテーブルから引きず
り出した後、テーブルの上から目玉蜘蛛目掛けてナイフを振り下ろす。木の固い感触に弾かれることなく、ナイ
フは柄の位置までテーブルに突き刺さった。

 引き抜くと、一匹分多めに赤黒い液体が付着していた。それは、テーブルの切れ目にも伝っていった。

(主;゚ω゚)「しぃ、大丈夫かお!?」

 腕の中のしぃに尋ねる。必然、抱きしめるような格好になっていた。しぃはきょとんとした表情をし、そのま
ま僕を押し退け、小走りにショボンの影に隠れた。顔だけだしてこちらを見ている。

(主;^ω^)「……それだけ動ければ大丈夫だ、よかったお。はっはっは……」

 意味のない、乾いたわらいだった。

111 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 21:00:53.96 ID:PFwEHQpd0



(´・ω・`)「本当、なんだったんだろうね」

 ショボンが疑問を口にする。答えを期待してるのではなく、ただ口に出してみただけのようだ。けれど、僕に
は答えがわかっていた。戦っている最中はそれどころではなかったので、“それ”を感じ取っても思案する事は
なかったが、こうして落ち着くと、“それ”は間違いなく知っている感覚だった。

(主^ω^)「……こいつらは、僕の敵だお」

 幾度となく感じた闇のオーラ。この世界にも敵は来ていた。僕の前に現れたという事は、狙いはこの世界のD
ATと僕が持つDAT。そして、僕自身。その事を、簡単にショボンへ説明する。

 ショボンは深く聞いてくるようなことはせず、「ふうん」と、納得したのかどうかわからない声を上げただけ
だった。

(主^ω^)「だから、速くDATを探し出さないとこいつらは何度でもここに来るお」

 自分でも驚くくらい素っ気のない言い方になったのは、巻き込んでしまったことに対しての、後ろめたさから
かもしれない。

(´・ω・`)「それじゃあ、これからどうするんだい?」

 ショボンが聞いてくるが答えはでない。それよりも今気になるのは、体に付着した悪臭を放つ大量の液体だ。

(主^ω^)「とりあえず……。川に入ってさっぱりしたいお」

 体は正直だった。変な意味では断じてない。


112 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 21:02:24.80 ID:PFwEHQpd0


「……ふン」

 まったく光の差さぬ、闇が満ちた空間。アナンシは鼻息を漏らす。別段期待していたわけではないが、あわよ
くばという考えがなかったわけではない。包帯に巻かれた顔が、そう語っていた。

「まあ、いいでしょォう」

 所々イントネーションが外れた金物のような甲高い声で、アナンシはひとりごちる。そうして、女の叫び声よ
りも甲高い笑い声を上げた。笑い声というよりも超音波のように聞こえるそれに紛れ、アナンシの体の内側から
キシキシと蟲が犇いて蠢くような音が鳴る。

 アナンシがわらっていると、闇の中に白い光が差し込んだ。

「相変わらず不健康なことだ。こんな所にいたら、俺は二分で気が滅入るね」
「ボクには落ち着く場所なんでェすよォ。『ライトニング』ゥ」
「『ライトニング』はやめてくれ。遅すぎるんだよ、その呼ばれ方は」

 “くっくっ”と押し殺したようなわらいをし、『ライトニング』が軽い口調で言う。

「ボクは『ライトニング』のテメェを雇ったンでェすからァ、この呼び方に間違いはありませェん。それよりィ、
 ここ数日なにをしてヤがったンでェすかァ。テメェにはたけェ金払ってンでェすよォ。その分の仕事はしても
 らわねェと、わりにあわねェんでェすよォ」
「よく言う。元々はお前の金じゃないだろう」
「金は天下の回りモンでェすよォ。誰かが作って、回りまわってボクの下にきたァ。それだけでェすよォ」
「盗賊の理屈だな。屁理屈がすきなやつだ」
「テメェに言われたかねェでェすねェ。こちとら死んだみてェなじじィと引きこもってンでェす、気分が落ち込
 んでェ、ついつい“お痛”をしたくもなるンですェよォ」
「で、あの人はまた?」

114 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 21:03:54.65 ID:PFwEHQpd0
 『ライトニング』は一方を見つめる。軽い口調に反し、その顔は険しい。

「かわンねェでェすねェ。死んでンのかもしンねェでェすけどねェ。ボクには何考えてンのかわかンねェでェす
 よォ。テメェにはわかりやがりまァすかァ?」
「俺にもわからんな。だが、想像することならできる」

 アナンシが「はァん?」ととぼけた声を出すが、『ライトニング』は気にした様子もなくすまし顔である。

「いいでェすけどねェ、別に知りてェわけじゃありませェんしィ。ボクにはテメエが働いてくれねェことのほう
 が問題でェす」
「アナンシ、俺はな、不確かな明日のために今を犠牲にする蟻――」
「その話は聞き飽きまァしたァ」
「変なところで口を挟むなよ。これじゃまるで、俺が蟻みたいな言い方だ」
「是非蟻であってほしいものでェすよォ。働いてくださァい存分にィ。お金の分だけェ、ボクのためにィ」
「働き甲斐のある仕事ならやるんだがな」
「それじゃあァ、ヤル気のでる話をしてあげまァす」

 アナンシは声を潜め、子供が内緒話するときのようなしゃべりかたで言った。

「『ビースト』が出没したそうでェす」
「……それは、そういう事と解釈していいんだな?」
「テメエで勝手に考えヤがってくださァい」
「そうか……」

 「たのしみだ」と、アナンシにも聞こえないような声でつぶやく。『ライトニング渋沢』の得物が暗闇を切り
裂いた。


                         ―― 了 ――

119 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 21:05:25.05 ID:PFwEHQpd0
『お父様、今、よろしいでしょうか』

『……はい、なんですか?』

『私と似た少女を見つけたのですが、彼女と私には何か関係性があるのでしょうか』

『ん、少女? ……ああ、あれですか。あれにはあなたの母と同じ遺伝子が組み込まれてます』

『では、彼女は――』

『ですが、出来損ないですね。造られたにしてはあまりに凡庸すぎる。あなたとは比べるべくもない』

『……』

『それに、あれは所詮メス。慰み物にしかなりませんよ』

『……そうですか』

『安心してください。あなたは誰よりも優秀だ。あんな物の存在を心配することはない』

『はい』

『あなたには誰にもできなかったことを、私の夢を継いでもらわなければならないのです』

『はい』

『アカシャ。そして、私たちをも取り巻く運命の輪からの逸脱。それは、他の誰でもない、あなたが――』

『……はい』

122 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 21:06:55.03 ID:PFwEHQpd0
                         ―― 五 ――



 目覚めるとショボンの姿が見当たらなかった。天井から差し込む太陽の恵み。いつもの朝より陽が高い気がす
る。そういえばと、昨日の夜は中々寝付けなかった事を思い出す。寝付けなかった事を思い出すと、その理由も
思い出し、意識すると同時に異臭の存在に再び気づかされる。口の中に、何とも言えないあの味がよみがえる。

 目玉蜘蛛の屍骸、その山。腐った血液の臭いの元。片付けようとしたら「明日でいいよ」とショボンは言った。
意外と横着なやつなのかもしれない。けれど、いきなりの事態に身体的にも精神的に疲れていたし、進んでやり
たくなるような仕事ではなかったので、僕も放っておいた。僕も怠け者なのだろう、放って寝ることに決めた。
結局、吐き気を抑えるのに必死ですぐに眠るような事はなかったが。ショボンもしぃもすぐに寝ていたようだが。

 どうやっても視界に入る屍骸の山を、それでも瞳に映らないように努める。しぃは屍骸の山などないかのよう
に、いつもどおり窓の横で体育座りをしていた。僕よりはやく起きていたらしい。

(主^ω^)「ショボン知らないかお?」

 しぃはしゃべらずに、ゆびを指して答えた。指した先は昨日僕が突き刺したテーブル。割れ目にはまだぬめっ
た液体が付着している。近づきたくはなかったが、そういうわけにもいかない。見ると、僕が作った傷、元から
ついていた木目模様以外に、新しくできた削り跡がある。それは文字のように見えた。

『しぃ たのんだ て だしたら ころす ぶちころす』

 誰が彫ったかは一目瞭然だった。どんなつもりでこの文字を彫ったのだろうか。これでは、もう二度と帰って
こないようにすら読み取れる。それは、非常に困ることだ。現に今、僕はショボンのことを強く求めている。

(主^ω^)「……メシ寄こせお」

 今日は朝飯抜きだった。

123 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 21:08:24.60 ID:PFwEHQpd0



(主^ω^)「今すぐ探しに行ったほうがいいお!」

 僕は叫ぶように言った。気が立っていたのだと思う。襲われたからかもしれないし、夜の闇でも隠せない大量
の屍骸やこびりつくような悪臭のせいかもしれなかった。原因は他にも考えられるが、挙げていけばキリがない。
とにかく、一刻もはやくDATを探し出しに行きたかった。

(´・ω・`)「この暗闇の中でかい?」

 ショボンは指をくるくると回している。目玉蜘蛛が現れる前にしていた複雑な表情はすでにない。僕のことを
見ようともせず、指だけを見つめている。

(主^ω^)「暗くても問題ないお。見ればわかるんだから、暗さは関係ないお」
(´・ω・`)「ダメだ」
(主#^ω^)「なんで!?」

 つかみかかりそうになる手を、必死になって抑えた。焦燥が僕の中を埋めている。

(´・ω・`)「僕が六日、きみが三日かけて見つからなかったんだ。夜、少し長く探したくらいで見つかるとは思
      えない」
(主#^ω^)「今まで見つからなかったってのは、次は見つかるってフラグになるんだお! 時間をかければその
       分はやく見つかるお!」
(´・ω・`)「そうだね、人間が無限のスタミナと集中力を持つ生物ならそうなるだろうね。残念ながら、人は疲
      れるし見落とすものだ」
(主#^ω^)「それでも!」

 僕の声は完全な叫び声になっていた。見つかる見つからないではなく、ただただ動きたかった。じっとして、
我慢する事なんてできそうになかった。

124 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 21:09:53.61 ID:PFwEHQpd0

(´・ω・`)「しぃはどうする。しぃにも探すことを強要するのかい?」

 言葉に詰まる。視野の外側だった。しぃは自分のことが話題になっているというのに、まるで気にした様子は
ない。しぃにもショボンにも目を合わさないようにしながら、考えてもいなかった事を口にする。

(主;^ω^)「しぃにはここで待ってもら――」
(´・ω・`)「さっきの目玉が襲ってきたら?」

 また、言葉に詰まる。追い詰められていく。

(主;^ω^)「それじゃあ……やっぱり一緒に――」
(´・ω・`)「この暗闇の下、きみひとりでしぃを守りぬけるかい?」
(主;^ω^)「……じゃ、じゃあ三人で――」
(´・ω・`)「だったら、陽が登ってから二手に分かれて探したほうが効率がいい」

 ぐぅの音もでない。それでも、何かを口にしようとするが、頭の中は焦りの言葉しか浮かんでこなかった。

(´・ω・`)「クルベ、きみが焦っている理由が、僕たちを巻き込んだ事に責任を感じているからだっていうのは
      わかっている。そういう風に考えることのできるきみを、僕は“いいやつ”だと思う。けどね、僕
      は巻き込まれたなんて考えていないよ。自分から首を突っ込んだんだから。そういう心理は、はっ
      きり言って鬱陶しい」

 回転させる指が薬指に変る。

(´・ω・`)「きみにとってのDATと僕にとってのDAT、意味するところは違う。けれど、目的は同じだ。い
      まだにきみひとりの問題だと思っているなら、改めてくれ。DATを見つけたいと本当に思ってい
      るなら、今日は休んで、明日に備えて体力を蓄えておいてくれ」

 僕は小さく頷いた。ショボンの指は、止まったまま動かなかった。

126 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 21:11:23.49 ID:PFwEHQpd0



 ゆるやかな風が吹き、密着した樹々がゆれた。互いに触れあい、葉が擦れる音を立てる。空から差し込む白い
光が樹々の隙間を縫い、世界のへそのように佇んでいるまるい池の中へと吸い込まれていく。池の表面は、陽の
白、空の青、樹々の緑で描かれている。また、風が吹く。池の表面にさざなみが立つ。三つの色が混ざり合い、
やさしい調和の色が産み出された。

 クルベと渋沢が会談した場所。その中心にある池を、ショボンは覗き込んでいた。池の表面にショボンの顔が
映しだされる。嫌悪感を剥き出しにした表情、さいなむ瞳は池に映った自分を越え、見えない何かを、それでも
しっかりと睨んでいる。

 ショボンは拳を振り上げ、自分の顔へと振り下ろす。突然振るわれた暴力に池は調和を崩し、濁った色を作り
出す。けれど、池に映ったショボンの顔はゆらめいただけだった。池の中へと、拳を叩きつける。何度も何度も
叩きつける。片手だけで行っていたその行為は、両手を使い、更に苛烈なものになっていく。はねた水が目の中
へと入ろうと、ショボンは止まらなかった。

「騒がしいねえ。何かいやな事でもあったか? 少年」

 ショボンの後方から“くっくっ”と押し殺した笑いが聞こえてきた。ショボンは片手を池の中に突っ込んだま
まの格好で、動きを止めていた。風が吹き、池の中に再び調和が戻る。掌を“お玉”のようにして水を汲み取り、
一度だけ顔を拭うと、ショボンは男の方に向き直った。

(´・ω・`)「いやな事か……。考えたこともなかったよ、『ライトニング』」
( ,_ノ` )「知られているとは光栄の極み……、と言いたい所だが、その通り名では余りにも遅すぎるんでな、
      渋沢で記憶してもらえるとありがたい」
(´・ω・`)「僕も“少年”ではない。あなたのように名乗るなんて真似はしないけどね」

 ショボンの返しが気に入ったのか、渋沢のわらい声が大きくなる。


129 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 21:12:52.45 ID:PFwEHQpd0
(´・ω・`)「『ライトニング』、すべてを斬り刻む雷光。ラウンジの生まれ。生まれつき身体能力が突出してい
      るラウンジ住人の中でさえ異質な存在。たったひとりで十万の兵を全滅させた、一夜にして三つの
      都市を地図上から消し去ったなど、逸話が絶えない。つわもの狩りの『ビースト』と並び称される
      人物。そして、その得物は……」

 渋沢の手元を見る。

(´・ω・`)「自前のナイフ、ただひとつ」

 渋沢が押し殺していたものが、決壊した。張り上げたわらいが空気中を伝播し、樹々をゆらし、池の表面をさ
ざめかせる。呼吸困難になるのではないかと思うほど、わらいつづけている。

( ,_ノ` )「いや、楽しい、楽しいなっ、おい! 持って回した言い方! 最高だ、少年! 『ビースト』と並
      び称されるか! いや、いや、ほん、っとにぃ……!」

 唐突にわらうことを止め、元のわらっているのか憮然としているのかよくわからない表情へ戻る。

( ,_ノ` )「俺の方が強いに決まってるだろうが」

 突き出したナイフをショボンに向けながら言う。自身に満ちた言い方だった。

(´・ω・`)「あなたに、いや、“あなたたち”に僕は斬れない、殺せないよ」
( ,_ノ` )「俺の仕事はあくまできみらの捕獲なんだが……、“くっくっ”、真正面からそう言われると、試して
      みたくなるな……」
(´・ω・`)「やってみなよ」
( ,_ノ` )「いいだろう、では……! いっくぜぇッ!!」

 風の斬り裂かれる音が、世界中に轟き渡った。



130 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 21:14:21.65 ID:PFwEHQpd0

(主;^ω^)「おおう!?」

 耳の中を質量を持った何かが貫いていった。耳の奥で硬質な音が残響する。掻き出そうと指を突っ込むが、当
然取れるわけがなく、非常に歯痒い。見ると、しぃも違和感を感じているのか、耳の中に水が入ってしまったと
きのように、頭を傾けてとんとんと叩いている。

 朝飯を抜かれても、前日の夜にあんなことがあっても、やる事は同じ。足を使って、DATを探す。歩き慣れ
た瓦礫の街。愛着すら沸いてきた、僕の街。

 けれど、今の僕に、そんな余裕はない。焦ってもしょうがない、平静通り探さなければダメだと自分に言い聞か
せる。だけど、心はささくれ立ち、足は頭に反して歩を速める。自分の心を自分でコントロールできない。それが
また、苛立ちの原因になってしまう。

(*゚ -゚)「……まって」

 かぼそい声が聞こえる。知らぬ間に、しぃとの距離が随分開いていたようだ。ひとりで勝手に思いつめて、周
りに迷惑を掛けてしまう。何て格好悪くて、惨めなやつなんだろう。申し訳ないと思う気持ちと、情けないと思
う気持ちが、胸の内に広がっていく。ふと、父の事を思い出した。父ならこんなときに冷静でいられるのだろう
か。DATを奪われたとき、何を思っていたのだろう。今の僕を見たら、どう、思うのだろう。

(主^ω^)「……ちょっと、休憩するかお」

 腰かけるのに丁度いい瓦礫を見つけた。溜まった埃を払い、座る。大きく一度深呼吸をする。とにかく、少し
落ち着いて、雑念を払いたかった。このまま探していても、見逃してしまいそうな気がする。それに、それ以上
に、こんな気持ちのままでいるのが苦しかった。

 しぃが、僕がしたように埃を払い、瓦礫の上で体育座りをする。軽い重みが僕の肩にかかる。しぃは背中を僕
の肩に密着させて、寄りかかっていた。しぃの肩が上がり、頭が少しだけ仰け反る。仰け反った頭が僕の髪先に
触れた。空気の漏れる軽い音共に、頭と肩が元の位置に戻る。僕の真似をして、深呼吸したのかもしれない。

132 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 21:15:51.92 ID:PFwEHQpd0

(*゚ -゚)「……クルベは、こわくないの……?」

 消え入りそうなのに明瞭な、しぃの不思議な声。背中の振動から、直接伝わってくる。

(主^ω^)「怖い?」
(*゚ -゚)「……うん」

 しぃの鼓動が、密着した体から伝わる。僕の心臓の拍動も伝わっているのだろうか。意識しだすと途端に動き
がはやくなる。それは気のせいかもしれない。しかし、少なくとも僕には、はやくなっているように感じられた。

(主^ω^)「目玉蜘蛛のことかお?」

 しぃが頭を横に振るのが、振動で伝わる。

(*゚ -゚)「……しっぱいするのが……」

 失敗という言葉が胸の内に浸透していく。僕にとっての失敗とは、なんだろう。DATを奪われること、敵を
倒せないこと、いや、違う。僕の失敗。それは、かえる場所を取り戻せないことだ。父との約束を果たせないこ
とだ。僕の考えをよそに、しぃはつづける。

(*゚ -゚)「……しっぱいして、絆がとぎれるのが……、……こわく、ないの……?」

 心の中を見透かされた気分だった。絆が途切れる。失敗すれば、二度と会うことはできない。言い訳もできな
い。失敗するということは、約束で繋がった最後の絆を、自分から断ち切る行為なのかもしれない。考えれば考
えるほどに、それは、おそろしいことに思えた。こわいことのような気がした。

(*゚ -゚)「……わたしは……、……こわい……」

 背を丸め、しぃは言った。いつもより小さな声に聞こえたのは、背を丸めた分、体が離れたからだろうか。

133 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 21:17:22.11 ID:PFwEHQpd0

 しぃは、僕と同じなんだ。なぜだか、そんなふうに思った。事情はわからないけど、しぃもまた、大切な人と
残された絆で繋がっている。失敗してしまえばたちまち切れてしまうような、とても細く、脆弱な絆。けれど、
細くとも、弱くとも、それは、大切な人と繋がった最後の糸。

 僕は考える前に行動していた。しぃは考えてしまったのだろう。そして、失敗を恐れた。動かなければ、約束
が果たされることはなくても、絆は途切れない。感情を表に出さないのも、ともすれば、約束を果すために動き
たくなる衝動を、殻の中に押し込むためなのかもしれない。

 はじめて会ったときはまるでわからなかったしぃの気持ちが、今ではまるで、自分のことのようによくわかっ
た。寄りかかられた重みから、しぃの気持ちが伝わってきたみたいだった。僕も、はじめに考える事をしていた
ら、こんなふうに心を閉ざしていたかもしれない。小さな背中が、とてもいとおしいものに見えた。

(*゚ -゚)「……クルベは、どうして探すの……?」
(主^ω^)「どうしてって……」
(*゚ -゚)「……だって、こわいのに、さがしてる……」

 なぜ探すのか。決まっている。父との約束、かえるべき世界、友だち。取り戻さなければならないものがある。
やらなければならないことがある。怖くても、立ち止まるわけにはいかない。その旨を、しぃに伝えた。

(*゚ -゚)「それは、ちがう」

 しぃには珍しい、はっきりとした口調で否定された。

(*゚ -゚)「それは、クルベのことばじゃない……。どこかで聞いて、だれかが言った、つくられたきれいなことば
     ……。わたしが聞きたいのは、クルベのこえ……」

 しぃは言った。僕の言葉は、僕のものではないと。それは違うと思う。あれは、僕の本心だ。けれど、僕がD
ATを探す理由は、それだけではない気もした。これでは、頼まれたから、言われたから探しているような気が
する。もっと、切実な何かが、根幹がある気がしてならない。言葉にならない、なにかが。

135 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 21:18:51.72 ID:PFwEHQpd0

(主^ω^)「多分、多分だけど……」

 多分、なんだろう。自分の底の最も大切なものが、靄にかかったみたいに言葉にならない。こころの中を模索
していると、何かよくわからないものが網に引っかかる。勢いに任せて、僕は、それを口にした。


(主^ω^)「想いは、理屈じゃないんだお」


 まず、自分でおどろいた。言葉の意味がわからない。なのに、今までのなによりも、自分の心情をうまく表せ
たと思える。おかしかった。おかしくて、声をだしてわらった。あれこれ悩んでいた事が、こんな簡単な言葉で
片付いたのが、おかしくてたまらなかった。しぃは動かない。呆れられているのかもしれないが、不思議と気に
ならなかった。くぐもっていた視界が、開けたみたいだった。

(*゚ -゚)「……たんじゅん」

 いつもの調子でしぃは言った。しぃの言葉があまりにも的を射ていたので、わらいを堪える事ができなかった。

(主^ω^)「アハハ、違いないお」

 わらっていると、肩にかかった重みが増した。あたたかみが伝播してくる。

(*゚ -゚)「……でも……、……きらいじゃない……」

 時間はゆるやかにながれた。

 やさしくしたい、気持ちになった。

 それは、長くはつづかなかった。

136 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 21:20:20.42 ID:PFwEHQpd0

 瓦礫がゆれ、擦れ合う音に紛れ、キシキシと蟲が犇きあって蠢く音が聞こえてくる。どこから湧いてきたのか、
瓦礫の隙間、瓦解した家の中、地面の割れ目から、大量の目玉蜘蛛が這い出てきた。目視する限りでは昨日より
少ないが、どこにどれだけ潜んでいるかわからない。油断はできなかった。

(主^ω^)「……しぃ、離れるなお」
(*゚ -゚)「……ん」

 しぃが僕の背に身を寄せる。ショボンに頼まれたからではなく、僕が、僕自身の想いが、しぃを守りたいと訴
えた。同じ悩みを持った仲間を、守りたいと想った。

 DATに想いを込める。しぃを守りきるには、ナイフだけでは心許ない。頭の中で、昨日の想いと、それとは
別の想いをイメージする。細長い円筒、内側をぎざぎざが渦巻いて、暗闇の中に消えていく。鋏の柄のような所
に指をかけ、取っ手を引くと高速で何かが射出される。斬るものと貫くものを、複合させ、想う。

 ショボンが持っていたものに酷似した武器。ごつごつした固い感触。細長い円筒部の下に渋沢のナイフ。柄の
部分の長さと円筒部の長さが同じで、刀身部のみが重ならずに飛び出ている。想像していたより重い重量感に戸
惑う。だが、精一杯の虚勢を張って、威嚇するように複合形ナイフを突きつける。

 目玉蜘蛛がにじり寄ってくる。窺うような緩慢な動作から、一転、俊敏な動きで跳ねてきた。思っていたより
も高く跳ねたせいで、力なくナイフを振り上げる形になってしまう。ナイフと手の距離が離れているせいで、距
離感がつかめない。当たったのは刀身部ではなく、ナイフの柄の部分になってしまった。伸ばしきった腕の先に、
武器と目玉蜘蛛の重みが加わる。

 更にもう一匹跳びかかってくる。重みに逆らわず腕を降ろし、跳びかかってきた目玉蜘蛛に狙いをつけ、指に
かかった出っ張りを引く。信じられない衝撃が全身を伝わる。肘と肩が外れそうになる。それでも、武器は手放
さない。

 跳びかかってきた目玉蜘蛛は、赤い液体を噴出しながら地面に転がった。発射時の振動のせいか、ナイフの上
に乗っかっていた目玉蜘蛛が体を浮かし、無防備になっている。伸ばした腕を引きながら全力で斬り裂く。腕か

137 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 21:21:50.08 ID:PFwEHQpd0
ら先の感覚が麻痺しかけているのか、抵抗感は皆無だった。

 引いた腕を、そのまま突き出し、別の目玉蜘蛛を刺す。顔に粘性のある液体が降りかかってきたが、気にせず
に次の動作に移る。伸ばした腕をそのまま振り回し、目玉蜘蛛が突き刺さったナイフを、別の目玉蜘蛛にぶつけ
る。ぶつかった目玉蜘蛛はどちらも潰れ、床の上に落ちた。

(*゚ -゚)「うしろ……!」
(主 ゚ω゚)「ふせろぉぉぉぉおおああああああ!!」

 ナイフの重さを利用して、思い切り回転する。武器部ではなく拳にぶつかったが、気にせず降りぬく。遠心力
を利用した裏拳は目玉蜘蛛を吹き飛ばし、壁に叩きつける事に成功した。叩きつけられた目玉蜘蛛は派手に中身
を撒き散らして、“ずるずる”と重力に従った。

 またもう一匹、今度はしぃ目掛けて飛んできた。空いた腕を目玉蜘蛛の開いた口の中に突っ込む。ぬめるよう
な感触が掌に伝わって来た後、目玉蜘蛛の口が閉じる。

(主;゚ω゚)「い、ぎぃっ!?」

 細かい刃が、徐々に腕の中に侵入していく。刃は回転しているのか、刺されるというよりも削られていく感覚
に蹂躙された。慌てて目玉蜘蛛を突き刺し、発射する。目玉蜘蛛が吹き飛ぶと同時に、焼け付くような熱量が突
っ込んだ掌に伝わってきた。発射した弾がかすったのかもしれない。

 痛みを堪え、拳を握る。少しだけ細くなった手首から、血が噴出した。涙で視界が滲む。

 しかし、敵は攻撃の手を休めない。まだ、まだくる。涙を拭う事はせず、まばたきをして強制的に排出する。
低い弾道で跳ねてきた目玉蜘蛛に、地面に転がった屍骸を蹴り飛ばし、ぶつける。手首が細くなったほうの腕で、
屍骸になった目玉蜘蛛をつかみ、盾にする。盾に咬み付いてきた目玉蜘蛛を、盾ごと貫く。

 屍骸を投げつける。咬み付かれたら、噛み付き返す。跳んできた目玉蜘蛛をかわし、全力で踏み潰す。武器だ
けに頼らない。全身をフルに活用し、全力で抗いつづけた。

138 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 21:23:19.50 ID:PFwEHQpd0



 もう、何匹倒したかもわからない。全身血だらけで、咬み付かれた跡が痛くてしょうがなかった。だが、目の
前の敵は減ったようには見えない。むしろ、増えつづけている。腕には、麻痺の代わりに鉛が入れられ、まるで
持ち上げられそうにない。それでも、動かす。弾を射出し、ナイフで斬りつける。

 目玉蜘蛛が数匹同時に跳びかかってくる。刺して、撃って、咬み付かれて、噛み返す。とても対処しきれない。
頭を飲み込もうとした目玉蜘蛛を、首を引っ込めてかわす。そのまま頭上へとヘッドバッド。液体が滝のように
流れ出し、視界が赤色に閉ざされた。

(*゚ -゚)「……! ……やっ……」

 小さな悲鳴。声が出せない。しぃがいたはずの場所へ腕を伸ばす。しかし、やわらかいしぃの体はそこになく、
代わりに悲鳴を上げたくなる激痛が襲いかかってきた。塞がれた視界の中、あたりをつけ、激痛の原因にナイフ
を突き刺す。気持ちのわるい感触が伝わる。目元を拭い、しぃを探す。目玉、屍骸、屍骸、脚、目玉――。

 主をなくしたキャップが佇んでいた。



(´・ω・`)「……ッ!?」
( ,_ノ` )「……おう?」

 ショボンと渋沢、共に顔を歪める。ショボンは痛みと驚愕によって。渋沢は、なっとくいかないような表情で、
しかしどこかたのしげに。ショボンの頬に真一文字の線が刻まれている。赤く滲んではいるが、血は出ていない。

 風が吹いた。線が開き、皮がめくれる。肉が露出し、程なくして、血液が噴出する。ショボンが更に顔を歪め
る。同時に、ショボンの後方にあった樹々がことごとく崩れ落ちた。鋭利な刃物に斬られた切り口をしている。
渋沢が“くっくっ”とわらう。

140 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 21:24:48.87 ID:PFwEHQpd0

( ,_ノ` )「首を切断したつもりだったんだが、おもしろい。どんなカラクリなんだ? 少年」

 渋沢の軽口に付き合うことはせず、ショボンは頬を押さえ、距離を取る。懐から拳銃を取り出し、構える。ト
リガーに指をかけ、発射。高速で射出された弾丸が、空気を突き破り、最短距離で渋沢へと向かう。

 だが、渋沢は弾丸の回転にナイフを沿わせ、運動を停止させる。完全に停止した弾丸をつかみ、興味深げに弾
丸を眺めている。

( ,_ノ` )「いやいやいやいや、こいつはおもしろい! はじめて見たぜ。何ていうんだ、それ? いや、いい
      や。それより、何回発射できるんだ? もうちょいやってみてくれよ」

 ショボンは撃ちつづける。だが、ただの一発も渋沢の体に傷をつけることはできない。渋沢はうれしそうに笑
みを浮かべながら、のんびりとした歩調でショボンに近づいていく。掌の弾丸が溜まっていく。

( ,_ノ` )「螺旋回転を描きながら高速で直進、対象を貫くのか。殺傷能力も申し分なさそうだ。遠距離から攻
      撃できることも考えると……、“くっくっ”、こいつはすばらしいなあ! 欠点を挙げるとするな
      らば、軌道が素直すぎるといったところか。いやいや、それにしたってたいした問題じゃあない。
      この速度、視認してから避けるなど俺にしかできん」

 渋沢がひとりでうれしそうにしゃべっているのに対し、ショボンは無言で撃ちつづけている。ショボンと渋沢
の距離が近づく。だというのに、渋沢は余裕の表情で弾丸をいなす。飛んできた弾丸にナイフを沿わせ、自身の
ナイフのように向こう側が透けて見える程に薄く斬り、「りんごの皮むきだ」などと言ってわらっている。

 渋沢がショボンの下まで辿り着く。銃を撃たれる前に渋沢は銃身をつかみ、銃口を空へと向ける。飛びのこう
と“タメ”をつくったショボンの首筋にナイフをあてがう。ショボンの動きは完全に抑制する。だが、ショボン
の表情に諦めの色はない。超然とした、いつもの表情。渋沢は“くっくっ”とわらう。

( ,_ノ` )「本当におもしろいなあ、少年は。生殺与奪の権を握ってるのは俺だってのに、まるでそんな気がし
      ない。まるで、“幽霊”と相対してる気分だ」

142 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 21:26:18.61 ID:PFwEHQpd0
(´・ω・`)「それで正解だよ、『ライトニング』。僕は“幽霊”、それも、とびっきりの“悪霊”さ。だか――」

 ショボンの声を遮るように、地が、轟音を立てた。異常な震動が地面を揺るがす。斬られずに残っていた樹々
が根こそぎ倒れていく。池の表面が不自然に隆起していく。マグマが噴火する前のように中心が盛り上がり、“
中のもの”を吐き出そうともがいている。ショボンは片膝をついて揺れに抵抗した。渋沢はわらっているのか憮
然としているのかよくわからない表情をして、平常通りに立っている。だが、その声だけは力強く。

( ,_ノ` )「きたか……、『ビィィィィストォォオオ』ッ!!」

 渋沢の声に応えるかのように、池が噴火した。重力に逆らい、天に昇る滝。その頂点に何かがいる。何かは太
陽を隠し、辺りは影に包まれる。最高点まで到達した水の塊が、ようやく重力に従い降り落ちる。雨というより、
巨大な波となった水がショボンと渋沢に容赦なく襲い掛かる。水が引き、ショボンはずぶ濡れになる。渋沢に濡
れた様子はない。

 未だ太陽を支配していた何かが、急激な速度で落下をはじめる。人の形をしたそれが、大地を蹂躙する。地響
きの後、埃が舞う。晴れた先には、人の形をした狂獣が、世界を踏みしめていた。普通の成人男性よりも一回り
も二回りも大きな体躯。異常なまでに膨れ上がった筋肉。人の頭よりも巨大な拳。ゆっくりと上がる顔。何を考
えているのかわからない瞳。それが、敵を捕捉する。つわもの狩りの『ビースト』が、標的を見定める。

(*゚∋゚)「…………」


 筋肉――降臨!


( ,_ノ` )「少年、仕事はキャンセルだ。今からここは“戦場”になる」

 渋沢は体を『ビースト』へ向け、ショボンを見ずに言った。『ライトニング』と『ビースト』が相対する。ふ
たりの間だけ気圧が変る。常人では押しつぶされてしまうような、圧倒的圧力。風すらも、ふたりの間を避けて
行く。

146 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 21:27:48.81 ID:PFwEHQpd0

(´・ω・`)「……いいんだな?」
( ,_ノ` )「構わんさ。すきでやっていた仕事ではない。少年に興味はあるが、それよりも目の前のこいつだ」

 後ずさり、走ろうとした矢先、ショボンは渋沢に呼び止められる。

( ,_ノ` )「あー、言い忘れた。少年、パスは“AKASHA”だ」
(´・ω・`)「……ショボンだ」
( ,_ノ` )「そうか、ショボン。今度会ったらその武器貸してくれ」
(´・ω・`)「やなこった」

 それだけ言い残すと、ショボンは全力で駆け出した。駆けて間もなく、暴力的な轟音が世界を揺るがす。だが、
気に取られた様子もなく、駆けつづける。流れる汗を拭うこともしない。表情は、いつもの超然としたもの。た
だ、瞳には微かな迷いが見て取れた。ショボンは駆けつづけた。迷いを振り払おうとしているかのように。

 目指すは街の外れ、廃教会。



(主 ゚ω゚)「うあああああ! あああああああああ! ああ!? ああ!? あああああああああああ!!」

 僕は目玉蜘蛛を突き刺した。最早原型は留めていない。それでも、僕はナイフを振り上げることを、振り下ろ
すことをやめなかった。表皮を、内臓を、刺せなくなるまで破壊しつくす。破壊が終わったら、まだ原型を保っ
たままの目玉蜘蛛をつかみ、同じ事を繰り返す。

 敵は全部倒した。もう、僕に襲い掛かってくる敵はいない。けれど、しぃもいない。新しい標的を突き刺す。
目玉の表皮が跳ね跳び、僕の顔に付着する。

 気にもならない。肉や血に塗れた体、今更気にする必要もない。刺した感触も、よくわからない。咬まれた箇
所に感じていたはずの痛みも、どこかへ消えた。

149 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 21:29:18.70 ID:PFwEHQpd0

 憎いわけじゃない。怖いわけでもない。ただ、こうやって体を動かしていないと、叫びつづけていないと、僕
が消えてしまいそうな気がするから。必死になって保たないと、想うことを忘れてしまいそうになるから。一刺
し一刺しに、僕の存在を確認する。刺しつづけていないと、自分の存在を確認できなかった。

 新しい標的をつかみ、腕を振り上げる。だが、ナイフを突き刺す前に、目玉の口が開いた。僕はナイフを振り
上げたまま硬直する。

「ごきげんよォう、ボクの敵ィ! 随分とハッピーそうじゃァねェでェすかァ」

 目玉の口から、所々イントネーションが外れた金物のような甲高い声が聞こえてきた。嘲るような口調に苛立
ちを覚えながら、僕は尋ねる。

(主 ゚ω゚)「……誰だお」
「ボクの名はアナンシィ、フォックス様のシモベでェす!」

 鼓膜を破るような甲高い音が聞こえてくる。超音波による攻撃かと思ったが、どうやら笑い声らしい。フォッ
クス。わかっていても、こうやって敵の口から聞くと、心にかかる重圧がまるで違う。アナンシ、この世界に送
られてきた、僕の敵。

「単刀直入に言やァ、ボクが欲しいのはテメエが持ってるDATでェす。そして、テメエが欲しがってるDAT
 はボクの手の内にありまァす。ついで言やァ、テメエのそばにいたメスガキもここにいまァす」
(主;゚ω゚)「しぃが!?」

 自分でも予想していない大声が出た。アナンシは不機嫌さを隠そうともしない。

「うっせェなァ、黙れよクソガキィ……。今はまだ生きてまァすけェどねェ、速くきヤがらねェとォ、わ
 かンでしょォう?」
(主;゚ω゚)「どこに、どこにいるんだお!?」
「うっせェつってンだろォがよォ! バラしたメスガキィ、今すぐプレゼントしてもいいんでェすよォ!?」

155 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 21:30:48.56 ID:PFwEHQpd0

 声がでなくなる。その様子がわかったのか、アナンシは軽くわらった。

「街の外れの廃教会。その底の底の更に底。そこで待ってまァすよォ」

 街の外れの廃教会。記憶が甦る。両手を下げた、首のない女神像。渋沢との邂逅。しぃが、入りたがらなかっ
たこと。あれには、意味があったのだろうか。今となっては、わからない。

「DATはちゃァんと持ってきヤがってくださァいよォ。でねェとォ、なにスっかわかンねェでェすよォ」

 チンピラのような陳腐な脅し文句。だが、相手はフォックスの手下だ。やると言ったら、やるだろう。喉に絡
みつくものを無理矢理飲み込む。

(主^ω^)「……話はそれだけかお」
「ええェ、これで終わりでェす。それじゃァあ、来訪を心待ちにしてまァすよォ。アディオスアミ――」

 アナンシが言い終わる前に、ナイフを振り下ろした。目玉は沈黙し、場は静寂に包まれた。

 しぃが生きている。まだ安堵できる状況ではないにしろ、この事実は僕の心を活性化させた。まだ、ショボン
の頼みは守ることができる。なにより、僕と同じ境遇の仲間を助け出す事ができる。

 正常な意識が戻ってくると同時に、体のいたる所から、立っていることすら出来ないような激痛が走った。痛
い、痛くてしょうがない。けれど、それでも、立ち上がる。しぃのキャップを握りしめ、腕を広げて、風を切っ
て、駆ける。目指すは街の外れ、廃教会。

 腕にかかるわずかな抵抗が、僕がここにいることを証明していた。



                         ―― 了 ――

158 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 21:32:18.67 ID:PFwEHQpd0
『すばらしいものです。ここは、ここだけはいつもと変らない』

『……』

『ほら、見てください。あんなに力強く、活き活きとしている』

『……』

『だから、しっかりと見ましょう。しっかりと、見てください』

『……』

『なぜ、答えてくれないのですか? なぜ、返事をしてくれない?』

『……』

『お願いです。あなたの声を聞かせてください。お願いです、返事をしてください』

『……』

『お願いです、返事を、へん、じ、を――』

『……』

『あ、ああ、ああああ――』

『……』

『あああああああああああああああああああ!!』

160 名前: プロスキーヤー(山梨県) 投稿日: 2007/03/17(土) 21:33:47.66 ID:PFwEHQpd0
                         ―― 六 ――


 僕は駆ける。激痛が全身を蝕み、腕が上がらなくても、肺が空っぽになって、喉の奥が血の味に滲んでも、風
で目が霞み、乾き、視界が切り刻まれても、それでも、駆ける。

 瓦礫に脚を引っ掛け、脛から血が噴き出す。腕をつく事もできない。顔面から地面に倒れこむ。擦れた顔か
ら血が“ぼたぼた”と零れ落ちる。だが、けして、想いは失わない。

(主 ゚ω゚)「くあ……! ……あ、あ……、あぁ……!」

 血の味を噛みしめ、喉の奥から、声ならぬ叫び声を上げる。拳をつくり、掌のキャップを握りしめ、地面の上
に突き立てる。拳の表面と細まった手首から激痛が走り、まだ出るのかという程に血液が噴出する。額を地面に
叩きつけ、その反動で無理矢理立ち上がる。失いそうになる意識を、唇を喰い破る事で覚醒させる。

 力を込めて、脚を踏み出す。一歩進むたびに、倒れこみそうになる。踏ん張るごとに、痛みが走る。それでも、
駆ける。歩くより遅くとも、駆ける。視界が赤く染まる、けれども、見えるなら、駆けられる。駆けつづけられ
る。想いを守るために。自身を、戒めるために。痛めつける、ために。

 赤色の世界を駆け、血みどろの体を引きずりながら、廃教会に辿り着いた。そこには、頬を鮮血に染めたショボンが立っていた。


 ショボンが僕を見る。無言のまま、いつもの表情で。全体を見渡した後、僕の掌のものに気づき、変らぬ顔が
歪められていく。視線が鋭くなっていく。

(主 ゚ω゚)「……し、ぃ、はぁ……ッ! ……、し、た……、……お……!」


163 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 21:35:17.60 ID:PFwEHQpd0
 声がかすれ、言葉にならない。それでも、しっかりと、訴える。しぃは、地下にいると。そして「すまない」
と。守れなかったことを。名前にそぐわない、情けない男だと。

 ショボンは無言で近づいてくる。険しい、感情を表に出した表情。想う、人の顔。

 衝撃が頬に突き刺さる。それが何かわかる前に、衝撃が背中にも伝わる。取り戻しかけた肺の中の酸素を、す
べて吐き戻す。首を上げ、目を開ける。眼前に、ショボンの姿があった。倒れこんだ僕の額に細長い円筒を押し
付けている。額の骨とショボンの武器がぶつかり合った硬い音が、脳内を揺さぶる。

 しばし、睨みあう。僕も、ショボンも、動かない。強い視線が、僕の瞳を刺し殺す。体を駆ける激痛よりも、
つらく、痛く、耐え切れない。僕は、目を背けてしまった。

 ショボンは手を引き、代わりに足を叩きつけてきた。もう出るものもないと思っていた空っぽの喉から、酸っ
ぱいものが溢れだす。それは完全に口外には出て行かず、口の中でわだかまったまま残りつづけた。

 また、踏みつけられる。まだ、くる。更に、まだ、何度でも。本当に踏みつけられているのかもわからなくな
る。痛みを感じない。衝撃だけが体を揺らしてくる。視界が極端に狭まり、目の前の光景が円を描いてうねりだ
す。意識が飛びそうになる。

 途端、側頭部から衝撃が走り、意識は飛ぶことなく居直りつづけた。体が転がっていくのが、視界でなく、感
覚でわかる。やわらかい草のクッションから、冷たい石畳の上に投げ出された。うつぶせになっているところを
強引に仰向けにされ、その上に、ショボンが馬乗りになる。

 衝撃が顔面に伝わる。衝撃の逃げ場がなく、後頭部が平坦に歪んでいくのがわかった。もう、何も見えない。
顔面と後頭部に伝わる衝撃だけが、僕のすべてになった。それも、やがて離れていく。何もなくなりそうになる。

 このままで、いいのか。

 そう思った瞬間、無意識のうちに、腕を振り上げていた。衝撃が止む。腕を上げた格好のまま、視界が開けて
いく。僕の拳は、正確にショボンの頬を貫いていた。

164 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 21:36:47.93 ID:PFwEHQpd0

(´・ω・`)「……後悔はすんだか」
(主 ゚ω゚)「……ば……、つ、……じゅ……、……、……お……」

 「罰は十二分に受けたお」。そう言おうとしたが、出てきたのは、意味不明な単語のみだった。ショボンが僕
の頬を突き刺していた拳を引く。真っ赤だった。拳だけではない。全身が、僕の血を浴びていた。

 ショボンは立ち上がり、ひとりで廃教会の中へと入っていった。後を追おうと、立ち上がろうとした。だが、
立てない。自分の足がどこにあるのか、どうやって動かしていたのか、わからなくなっていた。痛みは未だ消え
たままだが、それだけでなく、他の感覚まで飛び去ってしまっているようだ。

 DATと、しぃのキャップを握りしめる。いや、握りしめたかもわからない。それでも、全神経を両の拳に集
中させる。感覚がなかろうが、無視し、握りしめる。離さぬよう力を込め、そのまま、這いずりながらショボン
の後を追う。

 ショボンは手を貸す事をしない。声をかけようともしない。振り向く事さえしない。だが、それでいい。僕が
しぃを助けたいから、こうしているんだ。自責の念に囚われて、ではない。僕が、ただ、そうしたいからそうす
る。だから、力なんて借りない。DATにも、頼らない。これで、このままで、いい。

 僕“らしく”這いずれば、それでいい。



 僕が廃教会の中に入ったとき、ショボンは女神像の前にいた。床まで伸びた女神の掌で、何かを操作している。
突然、女神の掌から光の線が走った。光の線は女神の体を駆け、廃教会の中をも駆け巡っていく。あまりにも場
違いな、人工的な光の筋。女神像、廃教会の壁、床の上に、幾何学模様の光が描かれる。光が壇上の机へと収束
する。机が割れ、四つの形に展開した。展開した机の中心、光を吸い込んだ床が、口を開けた。

 ショボンが開けた口の中へと降りていく。僕は横に添えられた固定の長椅子をつかみ、体を起こす。崩れそう
になる体を気合で立て直し、ショボンの後へとつづいた。

167 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 21:38:19.32 ID:PFwEHQpd0

 床の下は、暗い闇と、白色の螺旋階段のみであった。踏み出すと、足音がどこまでも残響していく。階段を降
りる。手すりがないので、気をつけていないと足を踏み外しそうだ。床の姿は見えない。落ちたらひとたまりも
ないだろう。

 入り口の光が届かず、白い階段が暗闇に飲み込まれそうになるまで歩いた頃、ようやく下まで辿り着いた。そ
こに床があるのかわからない、暗闇に覆われた場所。消え入りそうな灯りの下に、薄ぼんやりと照らされた檻の
ような箱があった。十人くらいは入れそうな大きな箱だ。

 ショボンが近づくと、檻の鉄柵が、一角だけ開いた。ショボンが乗り込むんだので、僕も入る。僕が入ると、
開いていた鉄柵が自動で閉じた。直後、上に引っ張られそうな重力感。今度は逆に、落ちていくような感覚。ど
うやら、箱自体が降下しているらしい。

 その後は、何もなかった。鉄柵に寄りかかり、到着するのを待つだけとなる。あまりにも長い事到着しないの
で、止まっているのではないかと何度も危ぶんだ。そのたびに、弱々しく伸びる灯りの線が現れ、動いている事
を確認させられた。



 僕は駆けつづけた。赤い世界の中を、休むことなく駆けつづけた。体を失い、腕だけとなっても、駆ける意味
を失っても、尚、駆けつづけていた。駆けても駆けても果てない赤色。切れない風。かからない、重み。

 腕の先に、重みを感じた。見たことのないキャップ。誰のものかわからないキャップ。けれど、何もないはず
の世界で手にした重みは、僕がここに存在していることを教えてくれた。

 赤色が消えた。心の底に重みが宿った。空ができた。僕の声は空の果てまで届いた。大地ができた。足は大地
の上を駆けた。父や友だちが僕を見守っていた。蟲が集い、胴体ができた。

 風を切り、重みを感じ、僕が想う人に想われながら、僕は駆けた。キャップの主を、見知らぬ彼女を探して駆
けつづけた。

169 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 21:39:48.62 ID:PFwEHQpd0

 彼女はいた。彼女は困ったような顔を浮かべ、僕の顔を見た。僕にはまだ、顔がなかった。彼女は呼んだ、僕
の名を。僕は彼女を思い出した。頭が戻った。彼女は、笑みを浮かべた。

「そうだ、これはしぃのキャップだお!」



 腰に衝撃が響き、目覚めた。どうやら眠ってしまっていたらしい。鉄柵に寄りかかるようにして座り込んでい
た。体を動かすと、激痛が走った。感覚も戻ったが、同時に痛みも甦ったようだ。人工的な光が箱の中を照らし
ている。どうやら、先程の衝撃は到着時のものだったらしい。

(´・ω・`)「三十分くらい寝ていたよ」

 僕が質問する前に、ショボンは答えた。思っていたより長い間眠っていたようだ。夢の中で大切な何かを見た
気がするが、頭の中がおぼろげでよく思い出せない。掌の中にあるキャップの感触に気づく。しっかりと感触を
確かめ、強く握りしめた。

 辿り着いた先は、僕が見てきたこの世界のものとはまったく違う、異質な空間が広がっていた。無機的で、清
潔な明るい通路。床の端と天井に、透明な容器に防護された灯りがついている。歩いていると、壁がひとりでに
スライドし、横の壁の中へと吸い込まれていった。人が住むことを前提に作られた施設のようだった。

 けれど、住みたいとはまるで思わなかった。空気が重く、澱んでいる。地下だからというのではなく、もっと
別の何かが、そう、まるで、“幽霊”の想いが残っているような息苦しさだった。

 長い通路を歩く。歩くごとに、手の中のDATの共鳴が強まっていく。ここにDATがあるというのは嘘では
なさそうだった。そして、DATの共鳴が最高潮に達したとき、壁の扉が開いた。



174 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 21:41:16.99 ID:PFwEHQpd0
 聞こえてくるのは、途切れる事のない機械の稼働音、パイプの中を高速で移動する水の音、それらに紛れた消
え入りそうな人の息づかい。赤色灯が部屋の中を照らしている。部屋の元の色がわからない程に、すべてが赤く
染めあげられていた。

 部屋の中にはパイプにつながれた五本の透明なシリンダーが並べられている。当然照明により赤く染まってい
るが、真ん中の一本のみ緑色の溶液が満たされ、薄く発光し、赤色の中で自己の存在を主張していた。シリンダ
ーの中には裸の少女がたゆたっている。

 男が部屋の中心で力なく座り、残された左目で少女を見つづけていた。その様は、魂の抜けた痴呆の老人のよ
うである。生きているのかどうかも危ぶまれるほどに微動だにしない。

( ※ <●>)「きて、しまいましたか」

 男は骨ばった体からは信じられない程明瞭な声をだした。目玉蜘蛛から聞こえた、アナンシのものではない。
だが、男のことを考えるよりも、シリンダーの中の少女へ目が向かう。

(´・ω・`)「クルベ」
(主^ω^)「間違いないお。あの子は――」

 DATだ。その言葉は、つづかなかった。男が口を挟んできたために。

( ※ <●>)「私の、娘です」

 男は言った。断定的な口調だった。細い体を揺り動かし、僕らから少女を守るように、シリンダーの前に立つ。
それは、紛れもなく、娘を守る父親の動きだった。露出した瞳が、娘は渡さないと物語っていた。

(主;^ω^)「……DATは、DATに、意思は存在しないお。それは、あなたの娘じゃないお」

 心臓を、自分で握り潰したような感じがした。目を合わせることができない。僕は今、ひどいことを言ってい
る。本気の想いを、断ち切ろうとしている。どうしようもなく、つらかった。

179 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 21:42:46.50 ID:PFwEHQpd0

 だが、男は気にした風もなく、そんなことはわかっているという表情をする。それでも、僕は直視する事がで
きないでいた。なぜだか、罪悪感は晴れなかった。

( ※ <●>)「たしかに、この子に意思はありません。この子は今、産まれてくる準備をしているのですから」

 シリンダーの中の少女を眺める。母の胎内にいるかのような安心した表情をして、たゆたっている。本当に生
きているようだ。今にも産声を上げて、シリンダーからでてきそうな気さえする。

( ※ <●>)「この子は間もなく意思を取り戻します。しぃという名の少女から、想う力を受け継いで」

 しぃという言葉に反応する。頭の中で考えが纏まる前に、声が出る。

(主;゚ω゚)「どういう、意味だお……?」
( ※ <●>)「しぃという名の少女から、この子へと想う力を移植するという意味です」

 声がふるえる。半ばわかっている答えを、それでも確かめざるをえない。

(主;゚ω゚)「移植したら、どう……」
( ※ <●>)「死にます。私が、殺すのです」

 心臓を、握り潰された。

(主;゚ω゚)「なんで! なんでしぃが!」
( ※ <●>)「この世界の“人形”ではダメなのです。どうしても、“人”である必要がありました。『アカシャ』
       が綴る運命の輪から外れた“人”である必要があったのです。あなたには、わからないことかもし
       れませんが……」
(主;゚ω゚)「でも! なんで! なんで、こんなことを……」

 最後の言葉は、尻つぼみに消えていった。答えがわかってしまったから。

181 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 21:44:15.83 ID:PFwEHQpd0

( ※ <●>)「父が娘を想うのに、理由が必要でしょうか」

 想像通りの言葉。男は更につづける。

( ※ <●>)「人の道から外れたことをしている、それはわかってます。ですが、私は後には引けない。娘は、ペ
       ニサスは私のすべてなのです。ペニサスを守る方法があるのならば、あの重さを取り戻す事ができ
       るならば、私は――」

 瞳に力が宿る。何者にも侵されない、信念を抱いた瞳。


( ※ <●>)「運命にさえ喧嘩を売ります」


 言葉がでてこなかった。男の気迫は、紛れもない本物だった。

( ※ <●>)「ペニサスを奪い、しぃという名の少女を助けたいと想うなら、私を殺しなさい。でなければ、私は
       あなたが想う少女を殺します」

 罪悪感が晴れなかった原因がわかった。こうなることを、僕は薄々勘づいていたんだ。奪わざるを得ない状況
になることを、わかっていたんだ。いつかの渋沢の言葉を思い出す。

 『他人から奪う事、少年にはできるかい?』

 自分がしたいことはわかっている。失いたくないものがなんなのか、それもわかっている。そのためにやらな
ければならないことも、わかって、いる。

 あれはDAT。意思のない物質。僕の世界のものだ。けして、人なんかじゃない。男がしようとしていること
は間違っている。しぃを殺すなんて、間違っている。だったら、やることは、決まっている。

182 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 21:45:46.04 ID:PFwEHQpd0

(´・ω・`)「なら、遠慮なくやらせてもらおう」

 今まで黙っていたショボンが、いつの間にか細長い円筒の武器を取り出していた。向けた先は、男。やらなけ
ればならないことはわかっている。ショボンがやろうとしていることの正当性もわかっている。なのに、僕の心
は、なにが正しいのかわからなくなっていた。

(主;゚ω゚)「しょ、ショボ――」
(´・ω・`)「きみは黙っていろ。“ワカッテマス”、運命に翻弄されたあなたの境遇はたしかに悲惨なものだっ
      た。だが、同情はしない。それが『アカシャ』の定めた運命なのだから、仕方のないことなんだ。
      僕とクルベでは、目指すものは同じだが、目的が違う。僕は秩序を揺るがす『害悪』であるDAT
      を排除するために行動していた。クルベとDATは帰る場所がある。見つけさえすれば、どうとで
      もなる。だが、かえる事のない『害悪』はそうはいかない。完全に、消し去らなければならない」

 『害悪』。この世界で受けた、僕の忌み名。帰る場所のある『害悪』と、かえれない『害悪』。

(´・ω・`)「あなたは、DATの力によりアカシャの存在を知り、秩序から足を踏み外した。本来不可能である
      “人形”から“人”への転移を果し、『害悪』と化してしまった。僕は、あなたを殺すことを厭わ
      ない」

 ショボンの言葉には、わからないことが多かった。けれど、ショボンが、男を殺そうとしている事は僕にもわ
かった。ショボンの指が、動く。

「そうはいッかねェでェェす!」

 ショボンの手から人殺しの道具が射出されることはなかった。代わりに、所々イントネーションが外れた金物
のような甲高い声と、犇めきあった蟲が蠢くキシキシ音が部屋の中を残響した。キシキシ音は次第に大きくなり、
合わせるように、天井から無数の目玉蜘蛛が降ってきた。今までの比ではない。床を埋め尽くすほどの目玉蜘蛛。

 部屋の隅から、赤い人影が浮かび上がってきた。

185 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 21:47:15.56 ID:PFwEHQpd0

 ボンブルグハット、トレンチコート、革の手袋に革の靴、顔に包帯を巻きつけている。照明のせいでわかりづ
らいが、全身を、照明の赤とは若干異なる赤に染めている。一度聞けば二度と聞き間違いようのない調子外れの
声。間違いない。こいつが、僕の。

(主^ω^)「アナンシ……、僕の敵」
「よォうこそいらっしゃいヤがりまァしたァ、ボクの敵ィ!」

 アナンシが例の超音波のような声でわらう。床の上で犇いている目玉蜘蛛は、キシキシ音を立てるだけで襲い
掛かってくる気配はない。

「いやァ、これは失礼ィ。ボクとしたことがァ、折角の初顔合わせで素顔を晒さねェなんてェ、何たる失態ィ」

 アナンシの顔が蠢く。包帯の形がでこぼこに変形し、キシキシ音が聞こえてくる。包帯が少しづつ破れ、いや、
喰い破られていく。中から現れたのは、人の顔ではなかった。小さな目玉の集合体が、人の顔を形作っていた。
ボンブルグハットをうやうやしく脱ぎ、腰を曲げる。すべての目玉が、僕を見た。

( (◎) )「改めて自己紹介させてくださァい。“ボクら”がァ、アナンシでェす。以後ォ、お見知りおきを
       ォ、ボクの敵ィイイ!!」










                         ―― 了 ――

187 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 21:48:44.80 ID:PFwEHQpd0
『α、β、共にチェック終了しました。十三番、十八番は内圧を百八十に調整。三十二番はロスト、破棄しました』

『……』

『お父様?』

『……シュラトとゲーリーの動きがおかしい。なにか隠している。あなたもそう思いませんか?』

『はい、両名とも不可解な行動が目立ちます。十中八九、情報をリークしているものと思われます』

『問題はリーク先、ですか……』

『他研究所ならば私の情報網にひっかかるはずです。……恐らくは』

『政府。それも中枢も中枢ですか……』

『その可能性が最も高いでしょう』

『……どうしたものでしょう……』

『……』

『もし、ここになにかあっても、あなただけは逃げてください』

『はい』

『設備が、研究所が、この星が砕けようとも、あなたがいれば、あなたがいれば私の意志は残る。あなたさえいれば――』

『はい』

190 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 21:50:13.65 ID:PFwEHQpd0
                         ―― 七 ――



( (◎) )「テメエらがそこの色ボケじじィ殺るのは構わねェんでェすがァ、DATはボクの主様のモンなん
       でェすよォ。手垢のついたきたねェ手で触れられちゃァ、困ンでェすよねェ」

 アナンシがしゃべるたびに顔を構成している目玉が零れ落ちる。零れ落ちた目玉は膨れ上がっていき、周りの
目玉蜘蛛と同じ大きさになった。巨大化した目玉が細かく蠢き、例のキシキシ音を立て、内部から表層を突き破
って脚が生えて来た。脚にはぬるりとした液体が付着しているようで、赤色灯の下でもてかっているのがわかっ
た。確認するように、瞳孔と虹彩部分の口を開閉していた。

 アナンシが歩く。床に敷き詰められた目玉蜘蛛を避けようともせず、むしろ、進んで踏みながら歩いている。
目玉が零れ落ちた隙間に、顔の内側から視神経のようなものの束が伸びてきた。束の先端がぷっくりと丸みを帯
びる。丸みを帯びたそれは、肥大化し、先程までついていた目玉とまるで同じものとなった。触覚のように垂れ
下がっていた目玉と視神経の束は、内側から引っ張られるように顔の位置に戻り、隙間を埋めた。

 目玉を落とし再構築するサイクルが、高速で行われていく。当然、そのサイクルによって敵の数は増大してい
く。床を敷き詰めるだけだった目玉蜘蛛が、今は互いに乗り合ってい、僕の腿の辺りまで目玉蜘蛛に埋め尽くさ
れている。

( (◎) )「まったく困ったじじィでェすよォ。おっチんじまったテメエのガキの代わりを、事もあろうにモ
       ノで代替しようッてンでェすからねェ!」
( ※ <●>)「この子はものではない。生きている私の娘です」

 アナンシがワカッテマスと顔を突き合わせ、笑い声を上げる。馬鹿にするような笑い方だ。

( (◎) )「はッ! 聞きヤがりまァしたかァ、ボクの敵ィ! これが娘だとよォ、意思を持たねェDATを
       娘だってよォ! 耄碌しヤがりましたかクソじじィ! おいッ、ボクの敵ィ! 言ってやってく
       ださァいよォ、さっきみてェによォ、それはモノだってよォオ!!」

193 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 21:51:43.83 ID:PFwEHQpd0
( ※ <●>)「ペニサスはまだ生きていないだけです! あなたが私を貶めようとし、DATの存在を教えた事
       はわかってます。ですが、DATに想う力を移植し、娘を、ペニサスをこの手で抱くことができ
       るのは、紛れもない事実だ!」

 目玉蜘蛛が腰の位置まで競りあがえい、身動きが取れなくなる。足元に、粘ついた液体の感触。見ると、重さ
に耐え切れず、下の方の目玉蜘蛛が潰れているようだ。

( (◎) )「それは叶わねェんでェすよォ! ボクの“たのしみ”のためにテメエは翻弄されてェ! ここで
       喰われて尽きンでェすからよォ! 想いごとォ! ボクがァ! 喰らい尽くシてヤんだからよォ
       オオオオオッッッ!!」

 すべての目玉蜘蛛からキシキシ音が鳴り、部屋を満たす。いや、最早音ではない。鼓膜が破られ、脳を喰らい
尽くされそうだ。

( (◎) )「だいたいィ、DATに意思を入れてナニしヤがるつもりなンでェすかァ? 絶対逆らわねェペッ
       トにでもしヤがンでェすか!? そりゃァいいでェすねェ! そいつァいい“便器”になりそう
       だァアア!!」
( ※ <●>)「……なにを」
( (◎) )「知ってンだっ“ツ”ってんでェすよォ! テメエが自分のガキに女房の面影写してるンのはよォ
       オ! 腰振ってハッスルしヤがンでェすかァ!? おいクソじじィ! 腰の萎びたモンは使いモ
       ンになンでェすかァ!? 勃たねェとイかせることもできねェでェすよォ!! じじィはおとな
       しく“マス”かいてろってンだァァアアア!!」

 反射的に、僕の体は動いていた。とても許せなかった。純粋な想いを踏みにじる目の前の敵を。敵が男を嘲る
たびに、想う事を否定された気になった。

 目玉の洪水を掻き分け、駆ける。

(主;゚ω゚)「い、……があああぁぁぁッ!?」


195 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 21:53:13.41 ID:PFwEHQpd0
 細かい刃が少しづつ侵入していく激痛。腰に、脚に、腕に、全身に。外そうにも、体を動かせない。目玉蜘蛛
は僕を咬み千切ることはせず、中途半端なところで刃を留めている。

( (◎) )「“たのしみ”はまだ終わってねェんでェすよォ、ボクの敵ィ。なんでボクが、こんなしちめんど
       くせェことわざわざしてると思ってンでェすかァ。テメエらの目玉が飛び出るくらいのォ、とび
       っきりの絶望を与えるためだろうがァ!」
(´・ω・`)「いや、それは違うね」

 ショボンの声が聞こえる。体を動かすことができないので、今どんな表情をしているかはわからない。

( (◎) )「呼んでもいねェのにノコノコおいでェなすった来賓の方がァ、何か言いてェことがありヤがんで
       ェすかァ?」
(´・ω・`)「貴様の目玉蜘蛛は単体では脆く、殺傷能力も低い。群体で攻めかかろうとも、限定された空間でな
      い限り、それ程の脅威にはなりえない。幾らでも対処の仕様はある。最終的には逃げてしまえばい
      い。問題なのは、逃げ場のない空間にいるときだ。圧倒的質量で動きを封じられ、少しづつ体を削
      られ、弱った所をやられるからな。お前は、限定空間で相手を仕留め、確実にDATを奪取するた
      めに、クルベをここに呼んだんだ」

 アナンシが笑う。

( (◎) )「よくできまァしたァ、おりこうさァん! で、そこまでわかってて何でそんな冷めた面ァしてや
       がんでェすかァ? ボクが無関係の人間を殺さないとでも考えヤがってンでェすかァ?」
(´・ω・`)「いや、貴様は殺すだろう。躊躇うことなく、本当に無関係な人間でも殺す。貴様からは、血のにお
      いがする。この世界でも、意味もなく殺戮を繰り返したんだろう? 相互干渉できないはずの秩序
      を、DATの力で無理矢理捻じ曲げて」
( (◎) )「気に喰わねェなァ! そこまでわかっててェ、なんでンな超然としてヤがんだァア!!」

 わらいごえ。アナンシのものではない。もっと冷たく響く嘲笑。

(´・ω・`)「テメエみてェな小物にィ、“悪霊”は殺せねェっ“ツ”ってんだよ」

197 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 21:54:42.48 ID:PFwEHQpd0

 雷光が駆けた。体に纏わりついていた重みが消え、膝が折れる。目玉蜘蛛だったものの残骸が壁に張り付いて
いた。僕の周りにいたものだけではない。かなりの数の目玉蜘蛛が消滅していた。赤色の中に、入り口から白い
光が差し込んでいる。扉が閉まり、白い光が消えると、それはよく見えた。入り口から直線状に、床が抉られて
いる。その先に、雷光の正体がいた。

 革の焦げるにおいを発しながら、そいつは立っていた。足元の高級そうな革靴から、煙が上がっている。全身
をダークグレーでコーディネートした後姿。喉にあてがわれた、冷たく薄い感触がよみがえる。

(主;゚ω゚)「渋沢!?」
( ,_ノ` )「……呼んだか?」



(主;゚ω゚)「どうして!? いや、どうやってここに!?」

 ショボンの言葉を信じるまでもなく、あの箱は相当長い距離を移動していた。箱がもう一度上まで登り、それ
からまた降下する時間を計算すると、渋沢がここにいるのはどう考えてもおかしい。通路を歩いていた時間と、
会話していた時間を足しても、片道分がいいところだ。

( ,_ノ` )「帰りはがんばってくれ。あのエレベーター、バラバラになった」
(主;゚ω゚)「まさか、落ちたのかお! あの距離を!?」
( ,_ノ` )「馬鹿な、跳んだのさ」
(主;゚ω゚)「同じだー!」

 そこまで言って、気づいた。赤い照明のせいで見えづらかったが、渋沢の体は僕に負けず劣らずの血まみれ状
態だった。両腕を力なくぶら下げ、指先から血を垂れ流している。パリっと決まっていたスーツは破れ、中の筋
肉が露出している。腹の真ん中に、人の頭がすっぽり嵌りそうな、不可解な陥没が見られた。額からもとめども
なく血が溢れ、下の肌色が覆い隠されている。それでも渋沢は、押し殺した声で“くっくっ”とわらった。


202 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 21:56:11.68 ID:PFwEHQpd0
( ,_ノ` )「どうした少年。まるで死人でも見たような顔して」
(主^ω^)「この状態で生きてる人間を見るくらいなら、死人を見たほうが驚かない自信があるお」
( ,_ノ` )「少年こそ、それでよく生きてるもんだ」
( (◎) )「『ライトニング』ゥ……。裏切るつもりでェすかァ?」

 軽口を叩き合っていると、遮るようにアナンシが声を上げた。

( ,_ノ` )「裏切るんじゃない、仕事をキャンセルするだけだ。どっちにしろお前にとっちゃ同じだろうし、俺
      にとっても同じ事だがな」
( (◎) )「なぜガキどもの味方なんてしヤがンでェす。テメエにとって利益なンぞねェってのにィ」
( ,_ノ` )「少年に対して、黙ってたって負い目があるからな、そいつを晴らしたいだけだ。別に味方をするわ
      けじゃない。それに、お前を斬ってみたかった」

 渋沢の言葉が終わるか終わらないかという瞬間、ガラスの割れる甲高い音が聞こえた。音のした方向へ目を向
けると、男が肘をシリンダーの中へと突っ込んでいた。緑色の溶液がシリンダーの中から流れ出る。溶液の緑に
紛れて、男の肘から赤色が流れ出ていた。

 男はシリンダーの切り口に触れる事も厭わず、DATの少女を抱き上げた。歩く事すら困難に思える体を、俊
敏に動かし、僕の方へ駆けて来る。

 僕は、自分から道を譲った。

 男はそのまま駆けつづけ、部屋から出て行った。僕はその様子を、ただ呆然と見つめていた。

(´・ω・`)「クルベ!」
(主 ゚ω゚)「……あっ」

 ショボンの言葉で我にかえる。男はDATを持っているんだ、はやく追いかけないといけない。男は人ひとり
分余計に重りを背負っているが、僕の方も万全に動けるとは言えない。はやく追いかけないと、見失ったまま逃
げられてしまう。体を揺り動かし、入り口へと向かう。

203 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 21:57:40.91 ID:PFwEHQpd0

( (◎) )「だァれが逃げていいっ“ツ”ったよォォオオ!!」

 残った目玉蜘蛛が入り口を塞ぐ壁になる。まだいけると思い、肩を突き出して特攻する。

(主;゚ω゚)「! か、はぁッ!」

 上から圧し掛かる急激な重みによって、僕の行動は阻まれた。目玉蜘蛛のぬらっとした感触が、纏った服の上
から伝わってくる。重みが増す。内臓が口から吐き出されそうになる。僕の目の前に、目玉蜘蛛が落ちてくる。
天井に残っていた目玉蜘蛛が、僕目掛けて降りかかってきているらしかった。

 首を亀のように伸ばす。その上に圧し掛かる重み。キャップを握ったほうの腕を這いずりだす。目の前の目玉
蜘蛛が、細くなった手首に合わせるように咬み付いてきた。拳が口内へと喰われていく。押し潰された体からは、
悲鳴すら上がらない。

 想う事もせず、咬み付いている目玉蜘蛛にDATを突き立てる。喰われた拳に力を込め、キャップごと目玉蜘蛛
の内臓を引きずり出す。咬み付かれた刃の形に合わせて、肉が削げていくのがわかった。けれど、このキャップ
は大事な絆なんだ。痛みなど気にしていられない。消化なんて、させてたまるか。

 圧し掛かる重みが更に強くなった。まぶたを閉じる事ができず、頭の奥から目玉が飛び出そうになる。腕にも
重みが襲い掛かり、完全に動けなくなった。キシキシ音と、目玉蜘蛛が潰れる音に耳内を支配され、潰れた目玉
蜘蛛から溢れだす液体と、身にかかる重さに感覚を支配された。

 地響きが起きる。最初は気のせいかと思った。少しだけ大きくなる。目玉蜘蛛の重みのせいで床が潰れたのだ
と思った。地響きは更に強まっていき、最高潮に達した瞬間、何かが爆発した音が轟いた。爆発音によって、僕
の耳内の支配者が変わった。支配の合間から仄見えるか細い音は、繊維を引きちぎるような音をしていた。

 感覚の支配者が消える。飛び出しかけた目玉が引っ込み、一度強くまばたきをする。まともに視界が開けるこ
とが、こんなにもしあわせなことだとは思わなかった。埃舞う先に、人の足が見えた。


205 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 21:59:11.43 ID:PFwEHQpd0
 首を上げる。見えるのは、普通の成人男性よりも一回りも二回りも大きな体躯。異常なまでに膨れ上がった筋
肉。人の頭よりも巨大な拳。何を考えているのかわからない瞳。人というよりも、筋肉の固まりにしか見えなか
い。僕は、素直に思ったことを口にした。

(主;^ω^)「あんた……、誰だお?」
(*゚∋゚)「…………」



 砂みたいに粉々になった破片が降っている。天井を見上げると、人が通れそうな馬鹿でかい穴。穴の奥は照明
も届かない暗闇に包まれている。まさか、掘ったのか、あの距離を。んなバカな。目の前の筋肉を見上げる。

 筋肉も、僕や渋沢と似たような状態だった。全身赤まみれの、生きているほうがおかしな状態。隆起した筋肉
の下、骨らしきものが覗いている。胸から腹にかけて元の皮膚が見えないくらいに斬り裂かれている。頬の横に
穴が空いており、筋肉が呼吸するたびに口腔の肉が見えそうになる。特に危なげなのが肩だ。繋がっているのが
不自然なぶら下がり方で、線維のようなものが見え隠れしているしている。引っ張ればそのままもげそうだ。

 首だけを動かし、ショボンを見る。ショボンも僕と同じような格好で床にへばりついていた。動いている所を
見ると、死んではいないようだ。僕から浴びた返り血も褪せるほど、全身隈なく赤まみれだ。目玉蜘蛛の血が主
だろうが、自身の血液も出ているだろう。少しだけ、ほんのちょびっとだけ、いい気味だと思った。

 ショボンのそばに渋沢が立っていた。相変わらず腕をぶら下げたままだ。もしかしたら、動かせないのかもし
れない。それ以外も、当然治っているはずはない。自身が流した血と、新たに浴びた返り血によって赤まみれだ。
陥没した腹に沿って、雫が伝い、落ちている。

 そして僕。直接見ることはできないが、その必要性は感じられなかった。目玉蜘蛛の血液が、鉄のような重さ
を持つほどに染み付いている。目にかかった髪先も、元の色がわからなくなる程に真っ赤。腕の先に握ったDA
Tとキャップまで血まみれの、赤まみれ。

 この体制では見ることのできない目玉野郎、アナンシ。血を被る必要もないほどに、赤まみれの姿をしている。

209 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 22:00:40.45 ID:PFwEHQpd0

( (◎) )「『ライトニング』ゥゥゥ! 『ビースト』ォォォ! なぜボクの邪魔をするかァァアアアア!!」

 アナンシが今までにない怒声を上げる。甲高いだけでなく、異様なまでに大きい。耳の中がぶち破られそうな
衝撃。空のシリンダーが衝撃波によってひび割れた。僕は頭をふらつかせながら、立ち上がる。

(主^ω^)「任せて、いいのかお?」
( ,_ノ` )「少年、“らしい”ことをやってこい」

 ショボンが頭をゆらしながら立ち上がり、駆け、渋沢の横を通り過ぎる。

( ,_ノ` )「ショボン、今度会ったら斬らせろ」
(´・ω・`)「ごめんだよ」

 ショボンが僕の横に並ぶ。僕も一緒になって駆け出す。

( (◎) )「だから逃げんなっ“ツ”ってんだろうがァァアアア!! アアアアアアアアア!?」

 アナンシの叫びと同時に、大量の目玉蜘蛛が後方から跳びかかってくる。気にせず、駆け、筋肉の横を通り過
ぎる。直後、僕がいた場所が筋肉によって踏みつけられ、粉砕される。粉砕された床の破片は空へと舞い上がり、
目玉蜘蛛の行く手を遮る厚い壁となった。

 ふたりを残し、入り口まで駆ける。入り口の扉が壁の中に吸い込まれ、赤い部屋の中に白い光が差し込んでき
た。白い光の中へと全力で駆け込む。赤色が消え、健全な色が視界の中を満たした。

 振り向くと扉が閉まっていた。渋沢と、名も知らぬ筋肉さんの無事を祈った。



(´・ω・`)「! こっちだ!」

211 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 22:02:11.54 ID:PFwEHQpd0

 ショボンが叫び、降下する箱があったのとは逆の方向へと駆け出す。僕がいた所からでは角度的に見えなかっ
たが、ショボンからは男がどちらに向かったのか見えていたのかもしれない。

 長い無機的な通路を駆けながら、途中で見つけた個別の部屋もすべて調べまわった。男の持つDATを見つけ
なければならない。けれど、それと同じくらいに、それ以上に、しぃのことが心配だった。共鳴によって近くに
あることがわかるDATよりも、どこにいるのか、どうしているのかわからないしぃのことが心配で仕方がなか
った。

(主;゚ω゚)「……うっ、あっ……」

 開け放った部屋の中。しぃも男もいない。だが、視線を外すことができなかった。DATがいれられていたの
と同じシリンダーの中に、人間の臓器らしきものが入っていたのだ。まさか、という気持ちと、そんなはずはと
いう想いが、胸のうちでせめぎあう。

(´・ω・`)「これはしぃのものじゃない。急ぐぞ」

 ショボンが断定的な口調で言った。不安が晴れたわけではなかったけれど、僕は従った。

 駆けつづけていると、一本の長い通路の先が、ふたつに分かれていた。ショボンが立ち止まり、床を見て、何
かを思案するような表情をしている。

(´・ω・`)「二手に分かれよう。僕はこっちへ行く。きみは向こうを探してくれ」

 早口でそれだけ言うと、ショボンは駆けていった。僕も考える事で時間を費やすような真似はせず、示された
道に向かって駆けだした。両の手の中、それぞれ違う感触を握りしめて。



                         ―― 了 ――

215 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 22:03:41.87 ID:PFwEHQpd0
『……だれ、ですか……』

『困っている人をほォっておけなァい、ただの悪魔でェすよォ』

『……殺しに来てくれたというわけですか……』

『ボクは悪魔ですがァ、死神ではありませェん。アナタを助けに来たのですよォ、ワカッテマスさァん』

『……悪魔の助けなど、私は……』

『アナタの大切な大切な娘さんが戻ってくるとしてもでェすかァ?』

『……』

『悲しいでェすよねェ、つらいでェすよねェ、死んヂまった妻の代わりがァ、愛した娘がオッ死ンじまったでェすからァ』

『……私は……』

『守ろうと誓ったものも守れェずゥ、こォしてェ、老いぼれ一匹生き延びて恥ィ晒してェ。なにもできないまま朽ちるゥ』

『……私は、今度こそ……』

『守りましょォう。可愛いアノ子にもォう一度。可愛いアノ子をもォう一度』

『……あの子を、ペニサスを守れるのなら、私は、私は悪魔とでも……』

『はァい』

『私は、私は守る。守りつづける。あの、重さを――』

217 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 22:05:15.77 ID:PFwEHQpd0
                         ―― 八 ――



 暗い部屋の中に一条の光が差し込む。光に晒された箇所以外はまるで見えぬ、闇の世界。晒された光の中に、
左目が飛び出た男が、力なくうなだれている少女を座ったままの体勢で抱きしめていた。髪の長い男が光を遮り、
世界の中へと侵入した。顔の前に垂らした長い髪から、溜まった血の粒が絶え間なく落ち続けている。

 髪の長い男が部屋の中にその身を埋めると、役目を終えた光が閉じた。部屋の中は、本来あるべき暗黒へと回
帰しようとした。だが、すべてが暗闇に閉ざされることはなかった。男の腕の中、力なくうなだれる意思のない
少女。彼女から、淡く輝く緑色の光が発せられていた。

 人あらざるものの光。意思を持たぬ、DAT。

( ※ <●>)「やはり、あなたが来ましたか……」

 ワカッテマスがひとりつぶやく。様々な感情がないまぜになった声色だった。少女から発せられる光に照らさ
れ、ワカッテマスの体も闇の中に浮かんでいる。肘の先がめくれ、赤く染まった骨が露出している。

(´・ω・`)「……血を辿れば、すぐだったよ」

 ショボンが暗闇の中から、光の当たる場所へと移動した。銃口をワカッテマスに向ける。

(´・ω・`)「DATの“人形”も、あなたも、この世界には必要のないものだ。消えてもらう」
( ※ <●>)「これは私の娘です。“人形”などではない」

 ワカッテマスは凛とした表情で言った。ショボンの顔が歪む。

(´・ω・`)「この世界の秩序は、あなたひとりの我侭で歪めてよいものではない」
( ※ <●>)「人の命を弄ぶ運命の、何が秩序ですか」

218 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 22:06:45.91 ID:PFwEHQpd0
(´・ω・`)「『アカシャ』が綴る運命とは、種の命を永遠のものとする楽園だ。楽園に必要なのは自由ではない、
      何者にも侵されぬ秩序こそが必要なんだ」
( ※ <●>)「私は自由を求めます! 管理された楽園など、人の想いを押し込むただの機械にすぎない!」
(´・ω・`)「それはエゴだ! “人形”に知恵は必要ない。あなたは知恵と命の実を包する少女になにを願う!
      “人形”が“人”を越え、神にでもなるつもりか!」
( ※ <●>)「我々は“人形”ではない、想い与え合える“人”だ! 父が娘を想うのは当然のことです。私が願
       うは知恵による楽園からの追放。ケルビムを越えて、命の木に近づくことなどしない!」
(´・ω・`)「だが、貴様はすでに手にしている! “人形”に自由は必要ない!」
( ※ <●>)「それでも私は求める! あなたが託された想いも私と同じはずだ!!」
(#´・ω・`)「!? きさまあぁぁぁ!!」

 ショボンの拳がワカッテマスに突き刺さる。衝撃に耐え切れなかったワカッテマスは床の上に投げ出され、D
ATの少女を放してしまった。DATの少女は支えを失い、くずおれた。

 ショボンはワカッテマスにつかみかかり、銃口を額へと押し当てた。骨と拳銃がぶつかる音が、静かな部屋の
中で響き渡った。

(#´・ω・`)「どこだ! どこまで知っている! 答えろっ!!」
( ※ <●>)「この世界のことは私の娘から。あなた自身のことはあなたの腹違いの妹から」
(#´・ω・`)「しぃぃぃ……!」

 ショボンは憤怒の表情を剥きだしにし、低く唸った。拳を床に叩きつける。咬傷や拳の表面から血が溢れ出た
が、気にした様子もなくDATの少女の頭を乱暴につかんだ。少女の頭が外部からの圧力によって、少しづつひ
しゃげていく。

( ※ <●>)「やめてください」
(#´・ω・`)「いやだぁっ!!」

 喉が千切れそうな声でショボンは叫ぶ。瞳にはうっすらと雫が溜まっている。己の腕が軋むほどの力を少女の
頭に科している。食い縛った歯が両の圧力に耐え切れず悲鳴を上げ、亀裂が走る。

220 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 22:08:15.74 ID:PFwEHQpd0

( ※ <●>)「そこまで憎いのですか、“父”という存在が」
(#´・ω・`)「いうなぁっ!」
( ※ <●>)「それとも、本当に憎いのは――」
(#´・ω・`)「いうなあぁぁぁっっ!!」

 雫が零れた。頬を伝うごとに周りの赤を吸収し、赤の涙が顎から落ちていった。ショボンの掌から、骨の砕け
ていく音が響き渡る。ショボンの指が、少女の頭部へと埋没していく。

( ※ <●>)「この子は“人”です。そして、それはあなたも――」
(#´・ω・`)「ちがぁぁうっっ!! こいつは“人形”だああぁぁああぁぁっっっ!!」

 噴出した血液が、闇の中へと散っていった。



 肉の潰れる音。内容物が飛び出し、見るも無残な姿に変わり果てる。『ビースト』は千切れ飛びそうな腕を気
にした様子もなく、飛び出た目玉蜘蛛の内臓を蹴り飛ばした。内臓は細切れにばらけ、ショットガンのように他
の目玉蜘蛛を撃ち抜いた。

 バランスを崩し、倒れこみそうになる『ビースト』の背が、渋沢と合わさる。渋沢も前後不覚の状態で、足元
が覚束ない。両者が支えあっているというより、両者が倒れるのを阻害している状態。それでも、渋沢はわらう
ことをやめない。『ビースト』は、その目を曇らせない。

( ,_ノ` )「『ビースト』、そいつで何体目だ」
(*゚∋゚)「…………」
( ,_ノ` )「はん、中々やる。ここはひとつ、どっちが多く殺れるか競争しようじゃないか」
(*゚∋゚)「…………」
( ,_ノ` )「“くっくっ”、そいつはゴメンだ。……それじゃあ、いっくぜぇッ!」


221 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 22:09:46.13 ID:PFwEHQpd0
 どちらともなく片足を上げ、足の裏を合わせる。互いが互いを蹴り、その反発力でふたりは撃ち出された。雷
光が空間を鳴動させながら、己以外のすべてを斬り刻む。凶獣が空間を飲み込みながら、己以外のすべてを打ち
砕く。斬り刻まれ、打ち砕かれた目玉蜘蛛は、原型を留めぬ肉片と化していた。肉片によって部屋の中が覆いつ
くされ、壁や床の姿は見えない。

 反動を押さえ込むことができず、渋沢が肉の床の上に倒れこむ。無防備に晒した背中に向かって、大量の目玉
蜘蛛が襲い掛かった。だが、合わせるように渋沢は首の筋肉だけで体を捻り、ブレイクダンスの要領で回りだす。
足刀が次々と目玉蜘蛛を斬り裂き、肉片と血溜まりが積み上がって行った。

 最後に跳びかかってきた目玉蜘蛛の脚を、足の親指と人差し指で器用につかむ。同時に、頭を床と垂直にし、
首を縮め、伸ばした。渋沢の体が弧を描きながら跳び上がり、着地と同時に立ち上がった。必然、足でつかんで
いた目玉蜘蛛は踏み潰される。よろける体を保ちながら、渋沢がわらう。

( ,_ノ` )「……一丁、上がりぃ……!」

 自ら破壊した壁に持たれかかり、『ビースト』は動きを停止させていた。目玉蜘蛛たちが咬み付き、筋肉の鎧
に鋭利な刃を喰い込ませている。突然、咬み付いたすべての目玉蜘蛛が動きを止めた。どころか、膨張していく
筋肉の形に合わせて、閉じようとした口がこじ開けられていく。『ビースト』が全力を込めた。たちどころに、
目玉蜘蛛の歯が折られ、その衝撃は目玉蜘蛛自身をも破壊した。

 他のものに比べ巨大な目玉蜘蛛が、『ビースト』の頭を飲み込み、分厚い首に歯を突きたてた。血管が切れた
のか、『ビースト』の首から赤色の噴水が湧き出てくる。目玉蜘蛛はそのまま咬み付くことをやめなかったが、
唐突に全身の力を失い、うなだれた。目玉蜘蛛の内部から繊維が引きちぎられる音が聞こえ、表層の目玉を喰い
破った『ビースト』の顔が現れた。口の端から、人の腸に酷似した目玉蜘蛛の内臓が垂れている。

(*゚∋゚)「…………!」

 鮮血を撒き散らし、己の肉を削ぎながらも、『ライトニング』と『ビースト』は戦った。倒しても倒しても減
らない敵を前にしながら、ふたりは戦いつづけた。とてもたのしそうに、雷光と凶獣“らしく”。


223 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 22:11:15.59 ID:PFwEHQpd0
 ふたりの様子をアナンシは憎々しげに見つめていた。

( (◎) )「『ライトニング』ゥ……。テメエを引き込んだのは失敗でェしたァ。完全に裏目にでやがりまァ
       したァ……!」

 顔から目玉を零しながら、語気を荒くしてアナンシは言う。

( (◎) )「『ライトニング』ゥ、『ビースト』ォ。ボクはテメエらを敵に回したくねェと思ってたンでェす
       よォ。ボクがこの世界で勝手するのに一番の障害になると思ってまァしたからねェ……。DAT
       なんざ使わなくてもボクは無敵でェす。でェすがァ、テメエらを喰い千切るイメージはできませ
       んでェした……。ンだがよォォオオッ!!」

 アナンシの手袋が破れ、中のものがそれぞれ渋沢と『ビースト』に飛んでいく。手袋の中に詰まっていたのは
顔と同じ大量の目玉。飛んだ目玉は空中で脚を生やし、互いに脚を組んで巨大な球状になる。球状になった目玉
蜘蛛たちは標的にぶつかると解散、網の様に広がり標的の全身を覆った。

( (◎) )「今のテメエら満身創痍のガラクタでェ! ボクでも殺せる餓鬼畜生だァア! テメエら殺しゃあ
       残りはじじィとガキだけだァ、ンなもん消化すンのに二秒もかかンねェ! いつまでも生に這い
       つくばってンじゃねェェエエッ!! 目玉に抱かれてあの世に逝けやァァァアアアッッ!!」
( ,_ノ` )「そうはいくかってんだよ」
(*゚∋゚)「…………」

 ふたりに張り付いていた目玉蜘蛛が吹き飛ぶ。ふたりとも、満身創痍の体の上で、余裕の表情を浮かべている。
アナンシが、渋沢に向かって目玉を射出した。目玉は巨大化し、脚が生える。だが、渋沢は飛んでくる目玉の上
を階段を登るように駆けた。最後の一匹を踏み潰し、高々と跳躍した後、上空からアナンシ目掛けて降下した。

 アナンシの周りの目玉蜘蛛がスクラムを組み、予め待機していたかのように高速で積みあがっていく。ドーム
状にアナンシを守る、弾力のある目玉の壁が完成した。

( (◎) )「目玉のバリヤーだァアッ!!」

224 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 22:12:45.66 ID:PFwEHQpd0

 渋沢の体当たりはバリヤーを崩したが、アナンシに届くには到らなかった。目玉の弾力に弾かれ、後方に回転
してから、渋沢は着地する。崩れたバリヤーの合間を狙って、『ビースト』が駆け出す。横や前、後方や上方か
ら雨霰のように目玉蜘蛛が降りかかってきたが、まるで気にせず、引きずりながら駆けつづけた。

(*゚∋゚)「おおおおおおあああああああああああああああっっっ!!」

 大地ゆるがす咆哮と共に、足を上げ、アナンシの顔を蹴りつける。駆けた勢いは消えることなく、床に接地し
ている『ビースト』の足から、とめどもない火花が上がりつづけた。移動している間も目玉蜘蛛は咬みついてき
たが、その勢いは失われることなく、ついに壁にまで到達した。だが、その勢いはまだ失われない。地響きを立
てながら壁を削り、部屋の面積を広げていく。完全に勢いが止まったとき、アナンシの顔は跡形もなく消え去っ
ていた。

 だが、

『無敵だっ“ツ”ってんでしょォがァァァアアアアアアッッッ!!』

 すべての目玉蜘蛛が吼えた。同時、数匹の目玉蜘蛛が後方から伸びた視神経を重ね合わせる。かと思うと、そ
れらはまるで、はじめからひとつのものだったかのように切れ目なく接続した。視神経の束が次々と触手を伸ば
し、先端が丸みを帯び始める。更に、目玉蜘蛛の脚が落ち、目玉の中心から切れ目が入り、一回り小さなサイズ
のものへと分裂していく。すべての工程が終わったとき、そこには、目玉で構成された人の姿があった。

 新しく生まれたアナンシは、以前のものがそうであったように、目玉を零しながら叫ぶ。

( (◎) )「すべての目玉がアナンシなんだよォオ! ボクら全員がアナンシなんだァアッ! わかってンの
       かァア!? ァァアア!?」
( ,_ノ` )「一匹残らず殺ればいいってことか」

 言うが早いか、渋沢の足刀がアナンシを一文字に斬り裂く。直後、『ビースト』の蹴りがアナンシの頭部を蹴
り砕いた。アナンシは小さな目玉を撒き散らしながら砕け散った。

226 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 22:14:16.78 ID:PFwEHQpd0

『無駄なンだよォォオオッ!! 誰もボクを殺せねェっツのォォォオオオッッ!!』

 またも目玉蜘蛛が集まり、合体、再構築。しかも、今度はひとりではない。同時に五体アナンシが生まれ、新
しいアナンシから目玉が零れ、零れた目玉が脚を生やし、更に合体、再構築、新生、分裂。止まらない増殖の連
鎖。部屋の中が今までにない速度で目玉に満ちていく。

 渋沢と『ビースト』が神速で破壊していくが、増殖の速度はそれよりも遥かに速い。部屋の中は動く場所がな
くなるほどに目玉に満ちる。それは、人智を超えたふたりの男とて例外ではない。アナンシ“たち”が次々に狂
暴な叫び声を上げていく。

( (◎) )「ボクは無敵なんだよォォオオッ!」
( (◎) )「テメエらの手じゃァ届かねェんだよォォオオッ!」
( (◎) )「もがいてンじゃァねェェエエッ!」
( (◎) )「あがいてンじゃァねェェエエッ!」
( (◎) )「生きてンじゃァねェェエエエッ!」
( (◎) )「死ねェ! 死ねェ! 死ねェ! 死ねェェェエエエッッ!!」
( (◎) )「死にさらせェェェエエエエエエヤァァァアアアアアアアッッッ!!」

 目玉の数を内包しきれず、壁が裂け、部屋が広がっていく。赤色灯は割れ、すでに赤色はない。暗闇が支配す
る、アナンシのフィールド。アナンシは増殖をやめない。部屋の中は、絶え間なく響く肉が潰れる音と、それを
凌駕する、蟲が犇き蠢くキシキシ音が支配した。

 一際大きい、肉の弾ける音が聞こえた。



 途切れる事のない機械の稼働音と、パイプの中を高速で移動する水の音。アナンシや片目の男がいた赤色の場
所と同じ構造をした部屋。ただし、照明の色は目に痛い赤ではなく視界を阻害する緑。そして、数多く並んでい
るはずのシリンダーはひとつしかなく、すべてのパイプがたったひとつのシリンダーへと繋がっている。

228 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 22:15:46.78 ID:PFwEHQpd0

(主;゚ω゚)「しぃぃぃぃ!!」

 一糸纏わぬ姿で、しぃはシリンダーの中に固定されていた。DATの少女と違い、顔には苦悶の表情が浮かび、
蛸の脚のような透明の管がしぃの体に喰いついていた。それは絶え間なく蠕動し、透明な管の中で何かを運んで
いるのが目に見えた。まるで、しぃの中から想いを奪っているように見られた。

(主#゚ω゚)「うおおおあぁぁぁああぁぁぁああ!!」

 考えるより先に、体が動いた。肘を突きたて、シリンダーを刺し壊す。内包された溶液が漏れで、腕を押し返
そうとする。流れるでる圧力を撥ね退け、割れたシリンダーの淵をつかむ。尖ったガラスが手の内に侵入する事
も厭わずに、全力を込め、剥がし壊す。シリンダーは音を立てて割れ広がり、溶液が漏れでる勢いが増す。

 溶液が流れ終わるのを待つようなことはせず、体ごとシリンダーの割れ目をこじ開けて無理矢理入る。蛸足を
引き剥がすために、手を伸ばす。

(主#゚ω゚)「ぐぅっ!? が、あ、あ、あ、あぁっっ!!」

 熱した鉄に直接触れた熱さが手の中に広がる。掌から煙が上がり、焦げ付く臭いがシリンダーの内部に広がっ
ていく。反射的に離した手を、今度は明確な意志を持って握りなおす。管は本物の蛸のようにしぃの体に吸い付
き、引き剥がせない。

 更に力を込め、ようやく一本引き剥がす。次の管に向かおうと手を開いたが、熱で溶け合ってしまったのか掌
から剥がれない。片方の手で管を押さえ、無理矢理引き剥がすと、“べりぃっ”という音が響いた。蛸足のほう
に、僕の皮が張り付いている。それでも僕は、次の蛸足を引き剥がさなければならない。拳を握る。

 すべての蛸足を剥がし終えたとき、僕の手は筋肉さえ剥がれかけていた。シリンダーの檻の中からしぃを引っ
張り出し、腕の中に抱き込む。喉を掻き毟るようにでてきた叫びを、留めることなく吐き出す。

(主;゚ω゚)「しぃっ! しぃっっ!! しぃぃぃっっっ!?」

231 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 22:17:16.61 ID:PFwEHQpd0

 腕の中のしぃ。濡れた髪が顔に張り付き目元を隠しているが、瞳がうっすらと落ち窪んでいる事はわかった。
表情は変わらず苦悶のままで、肌の色が青白い。照明のせいだけではなさそうだ。

 いくら呼びかけても起きてくる気配がない。そのとき、気づく。しぃの肌が、纏った水よりも冷たいことを。

(主;゚ω゚)「……しぃ?」

 しぃの冷たさが伝播してきたせいか、全身のふるえが止まらない。しぃの体は、微動だにしない。本来あるべ
きはずの、生きている者なら誰もが持っているはずの、血液の移動や、筋肉の反射がない。

(主;゚ω゚)「……お……お……お……」

 口元に手を当てる。口の中から漏れ出る暖かさが感じられない。顔を近づけて肌をこすり合わせ、暖かさを取
り戻そうとする。胸に、頭が触れた。――――。

(主 ω )「お……お……お――!」


 おあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ









                         ―― 了 ――

233 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 22:18:45.66 ID:PFwEHQpd0
『お父様、これは……』

『もう、この星も長くはありません。滅びの世界に付き合い、あなたが命を落す必要はないのです』

『……』

『プロジェクト2CH。そしてアカシャ。結局、私はなにも変えることができなかった』

『行き先は……』

『あの世界の人形たち。観測されるまま、造られたシナリオを歩く秩序ある住人』

『2CH……』

『ですが、それももう終わりです。あなたには私の夢を。そして、最後の責務を果してもらいたい』

『……夢。人形が人へ。運命からの解放』

『……恐らく、不可能でしょう。あなたになら、とも、思う。ですが、あなたでも、と、私は思う』

『……はい』

『ですから、よく聞いてください。あなたが不可能だと悟ったとき、プログラムの終了を。終わりの解放を……』

『……はい』

『誰に託すこともできない。ショボン、あなたが、最後の希望――』

『――はい』

236 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 22:20:16.27 ID:PFwEHQpd0
                         ―― 九 ――



 一際大きい肉の弾ける音が聞こえた。と同時に、渋沢と『ビースト』の周りにいた目玉が消滅した。緩慢な動
作で腕を振り上げている渋沢。その手の先には、向こう側が透けて見える程に刀身の薄い小型のナイフ。千切れ
飛びそうな腕を掲げ、『ビースト』は拳を握る。人の頭よりも巨大な、鋼のような拳。

( ,_ノ` )「アナンシ、足し算はできるか?」
( (◎) )「アァアッ!?」

 弾け飛んだ目玉の隙間を埋めるために、アナンシたちが増殖を繰り返す。渋沢がナイフで薙ぎ、『ビースト』
が拳を振るう。遅々とした動作の腕。だが、彼らの得物は目玉蜘蛛の接近を許さない。触れていないものさえ、
その身が塵へと変じていく。ふたりの周りに膜が張られたかのように、一定間隔の隙間が保たれた。

( ,_ノ` )「いくら足しても零は零。ダメージにはなりえないってことだ」
(*゚∋゚)「…………」

 膜が広がっていく。広がった自由の中を、ふたりは闊歩する。覚束ない足元、定まらない視線、今にも倒れそ
うな体。それでもふたりは、力強く、目玉の海を破壊し歩む。

( (◎) )「だまりゃァァアアアアッッ!!」

 アナンシたちの掌から、小さな目玉が射出される。当然のように巨大化し、ふたりへ向かう弾丸と化す。しか
し、事はそれに収まらない。高速で射出された弾丸は目玉の海をうねらせ、本来ありえぬ蠢きを与える。すべて
のキシキシ音が調和を起こす。目玉の海で、目玉の津波が起こった。

 渋沢と『ビースト』のフィールドに、目玉の津波が襲い掛かる。互いの得物を振るい、ナイフと拳の防波堤を
つくる。だが、津波の勢いが防波堤を凌駕し、決壊。ふたりのフィールド内に洪水が起こる。


239 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 22:21:45.87 ID:PFwEHQpd0
( (◎) )「零? 零だァ!? 零で上等ォ! テメエらのライフに無限の零を掛けてやらァァアアッッ!!」

 壁にぶつかった目玉が大量に潰れる。潰れずに残った目玉が反動で逆の壁へと向かい、その流れは連鎖、勢い
を増していく。潰れた目玉をアナンシが補充し、波のうねりは収まることなく、部屋の中を蹂躙する。

( ,_ノ` )「……ぐぅっ」
(*゚∋゚)「……が、あぁっ」

 骨の軋む音。渋沢と『ビースト』から、はじめて呻き声が漏れた。津波の圧力だけではない。目玉蜘蛛たちは
ふたりに張り付き、すでに咬み付き後のある箇所に咬み付き、腕や足をこそぎ落とそうとし、裂けた皮膚の中に
脚を突きいれ、中の肉を掻きまわしている。

( (◎) )「どんな気分だァ! どんな気分だァ! どんな気分なンだよォォァァアアアッッ!!」

 すべてのアナンシが叫ぶ。甲高い音が部屋の中で共振し、数匹の目玉蜘蛛が耐え切れず、内部から吹き飛んだ。

 だが、

( ,_ノ` )「わるくない……、わるくないなあ……!」
(*゚∋゚)「全力を尽くす……、その価値がある……!」

 相変わらずの、たのしそうな笑み、曇らぬ瞳。動かぬ腕を動かし、力のこもらない動作で目玉を刻み、粉砕す
る。纏わりついた目玉蜘蛛は離れない。刻み、粉砕したそばから、次々と目玉は張り付き、咬み付いてくる。

 終わらない攻撃、意味のない行動。それでも、ふたりは止まらない。

( (◎) )「……なぜェ、テメエらはそんなにも戦いヤがるンでェすかァ? 意味がわかンねェ」

 多重音声で、アナンシたちは言った。嫌悪感を隠そうともしない言い方だった。


243 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 22:23:16.14 ID:PFwEHQpd0
( (◎) )「わかンねェ、わかンねェ。なァ、教えてくださァいよォ。このまま殺ったんじゃァ、しこりが残
       ったまンまで気持ちわりィンでェすよォ。零だなんだっ“ツ”ったって、テメエら人間だァ。体
       動かしゃァ疲れは溜まるしィ、血を流しつづけりゃァ、いづれは死ぬゥ。おいよォ、死ぬのがァ、
       ボクがこわくねぇのかよォォォオオオオ!?」

 圧力を持った怒声が、確かな形となってふたりに襲い掛かった。渋沢の眼窩から、『ビースト』の耳孔から、
血液が噴出する。ふたりは首の血管が浮き出す程に体を引きつらせた。それでも、ふたりは、わらう。

( ,_ノ` )「……怖い? “くっくっ”、おかしなことを言う」
(*゚∋゚)「……貴様のような歯応えのある相手、たのしまぬ訳がない」

 強がりででた言葉、ではない。

( ,_ノ` )「ここで悲しい過去でも披露すれば納得するのかもしれないが、残念ながらそんなロマンチックなも
      のなど俺にはない。だが……!」
(*゚∋゚)「男として生を受けたならば、なによりも高く、なによりも強くあろうとする。これぞ、不変の真理!」
( (◎) )「だが叶わねェッ! テメエらにボクを倒す術はねェンだからよォォオオッッ!!」

 怒声と共に、アナンシたちの体から小さな目玉が射出される。掌だけではない全身を使った目玉の発射。当然、
波のうねりはより強いものとなり、ふたりの体を飲み込み押し潰そうと襲いかかる。

( ,_ノ` )「そうだな、今の俺にお前を倒す速さはない……。ならば!」
(*゚∋゚)「そうだな、今の俺にお前を倒す強さはない……。ならば!」

 ふたりは己の得物を振り回す。腕の力ではない。肩を揺らして腕を動かす。当然、力の入らぬその攻撃は、音
と波の激流に飲み込まれる。しかし、ふたりは攻撃を止めない。そして、錆びた機械に油を差したように、その
動きは徐々に鋭くなっていく。

( (◎) )「無駄なァ……足掻きをオオオオオオオオオ!!」


244 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 22:24:45.86 ID:PFwEHQpd0
 アナンシたちの射出の勢いが加速する。あまりの勢いに、視神経の束が露出し、目玉の構成が追いつかない。
だが、波の中で蠢いていた目玉蜘蛛たちが合体、再構築され、目玉のあるアナンシが生み出される。そのアナ
ンシが更に目玉を射出、咆哮。波の勢いは加速、音の牙が増幅される。

( ,_ノ` )「壁とはつまり斬り裂くもの。海があれば割ればいい! 足りないものは補えばいい!」
(*゚∋゚)「壁とはつまり殴り散らすもの。山があれば砕けばいい! 足りないものは補えばいい!」

 波に飲み込まれ、音の牙によって失血しながらも、ふたりの腕は失速しない。どころか、アナンシの攻撃に合
わせるかのようにその速度、その力は上がっていく。渋沢のナイフが目玉の海を割り、『ビースト』の拳が音波
の山を砕いていく。更に加速し、強力なものへと“進化”していく。

( ,_ノ` )「何者よりも速く! そうだ――!」
(*゚∋゚)「何者よりも強く! そうだ――!」

 すでに勢いは反転、部屋の中をぶち割らんほどの数だった目玉は半数ほどに消えうせ、アナンシが吐き出す音
波の牙も、より強力な風圧と拳圧によって掻き消される。満身創痍とは思えぬほどの、いや、全快の状態以上の
速度と力を、渋沢と『ビースト』は発揮していた。終着点のない“進化”は留まることを知らない。

( (◎) )「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 波の打ち寄せによって勢いを増した残りの目玉すべてが、勢いを保ったまま合体を繰り返した。そして、一体
の巨大なアナンシが誕生。波によって得た勢いと、部屋を埋め尽くす巨大な体を使い、今までとは比べ物になら
ない強力な音の兵器を発射した。音は他のすべてを巻き込みながら、ふたりの下へと駆け抜けた。

( ,_ノ` )「すべてをぉっ――!」
(*゚∋゚)「すべてをぉっ――!」


               『原子』にまで『分解』するほどに


247 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 22:26:15.56 ID:PFwEHQpd0

 無音。

 暗闇。

 ふたりを残し、すべてのものが消え去った。長い落下の後、光の当たらぬ黒の床の上に、渋沢と『ビースト』
は着地した。本来の彼らではあり得ぬような、背中からぶつかる無様な着地。

 倒れた格好のままで、どちらともなくわらいだした。腹の底から響かせるような、心地の良いわらい声。声は
暗闇の中を登っていき、少しづつ薄れて消えていった。わらいを抑える事もしないまま、渋沢が話し出す。

( ,_ノ` )「そういやぁ、お互い、まだ名乗ってもいなかったなあ」
(*゚∋゚)「…………」

 渋沢は腕をつき、腰を上げる。傷が痛むのか、体を押さえ、倒れるのを必死に堪えている様子だ。

( ,_ノ` )「俺は渋沢だ。今はもう、『ライトニング』では遅すぎる。『原子分解』、『原子分解』の渋沢」

 応えるように、『ビースト』が腰を上げる。『ビースト』も、渋沢と似たような状態だ。

(*゚∋゚)「クックル。今はもう、『ビースト』では脆すぎる。『原子分解』、『原子分解』のクックル」

 ふらつく体を抑えながら、ふたりは立ち上がる。

( ,_ノ` )「わかってるな。前座はこれでしまいだ」
(*゚∋゚)「わかっている。最強は、『原子分解』はひとりでいい」

 血にまみれた腕を伸ばし、互いの得物を触れ合わせる。そして――――。

              戦争が始まった!

252 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 22:27:46.39 ID:PFwEHQpd0



(主;ω;)「ぁぁああぁあああぁぁああ! ああぁぁああああぁあああああ!」

 涙が、止まらない。口から零れる涎を、止めることもできない。腕の中のしぃは、こんなにもやわらかいとい
うのに。胸の中のしぃは、こんなにも愛おしいというのに。しぃは、もう、動かない。肩に寄りかかってきた重
さは、もう感じる事ができない。魂が抜けた分だけ、軽くなってしまった。

 僕が、巻き込んでしまった。僕が、この世界に来たから。僕が、DATを持っていたから。僕が、ショボンの
言いつけを守らずに勝手に動いたりしたから。僕が、男からDATを奪うのを躊躇ったりしたから。僕が、しぃ
を想ってしまったから。僕が、僕が、僕が――。

 頭の中が、後悔と自責の念で埋まっていく。声が聞きたくてたまらなかった。消え入りそうなのに、はっきり
と胸に響くしぃの声を。見つめたかった。殻の奥に隠された、強い意志を内包したこころある瞳を。

 けれど、僕には何もできない。遅れてしまった事を嘆き、悲しみ、恨み、怒り。そして、どうしようもなく想
うことしか。命を失った体にすがりついて、想うことしかできなかった。

(主;ω;)「……え?」

 今、かすかに、しぃの体が拍動した気がした。強く抱き寄せ、耳をあてる。何も、聞こえない。幻聴が聞こえ
るまでに、僕は追い詰められてしまったのだろうか。本当に情けない男だ。自分の目的のためにこんな小さな命
を奪って、あまつさえ、現実を見つめる事もできずに幻聴を聞いてしまうなんて。

(主;ω;)「ごめん、ごめんおぉ……。ごめんおしぃ……」

 しぃのやわらかい胸の中にうずくまって、何度も何度も謝った。そうした所でしぃが生き返るわけでもないの
に、それでも謝らずにいられなかった。想いつづけることが、唯一の罪滅ぼしの気がした。勝手な理屈だとはわ
かっていたけれど、僕にはそれしかできなかった。

254 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 22:29:16.44 ID:PFwEHQpd0

(主;ω;)「……!」

 今度は、たしかに聞こえた。強く埋めた胸の中で、一度だけ、心細いノックの音が響いた。まさか、生きてい
たのか。顔を離し、しぃの体を見る。相変わらず微動だにせず、肌の色も血の通わない青白さだ。けれど、たし
かに聞こえた。しぃの胸の内から響く、心細げなノックの音を。しかし、なぜだろう。先程まで、本当になんの
動きもなかったというのに。なぜ、今になって。

 僕が、想ったから?

 そのことに考えが及ぶと、男の言葉が思い出された。『想う力を移植する』。想う力を失った結果がこれだと
いうなら、僕の想いを注ぎ込めば、しぃは目覚めるのではないだろうか。

(主;ω;)「しぃ! しぃ! しぃぃいいっっ!!」

 どうやって、と、考えることもせず、僕はしぃの名を叫んでいた。しぃの体は動かない。叫ぶだけでは、しぃ
は目覚めない。僕の想いに反応したのは心臓だった。ならばと、抱き上げていたしぃの体を床に置き、しぃの名
を叫びながら胸を押す。まだ、反応はない。

 これだけでは足りない。僕の想いを、より強めたものを送らないとダメだ。そこまで考え、想い至る。DAT、
想いの欠片。奇跡の宝玉。

 DATをしぃの胸に当て、再度心臓マッサージを行う。これがあれば大丈夫だとか、これがあっても無駄だと
か、そういうことは極力考えないようにした。頭の中の不純物はすべて取り去って、しぃに対する想いだけで埋
めようと躍起になった。そうしないと、想いが伝わっていかない気がした。

(主;ω;)「しぃっ! しぃっ! しぃっ!」

 反応があった。さっきよりはっきりと響くノックの音。けれど、それも一度だけ。まだ、まだ足りない。DA
Tがしぃの胸に陥没するほど、強く、強い想いを押し込む。

256 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 22:30:45.46 ID:PFwEHQpd0

 しかし、ノックの音が返ってこない。しぃの体に拡散して、想いが直接届かない。しぃの肌は色を取り戻さな
い。心なしか、土気色がかってきた気さえする。このままじゃ間に合わない。直接しぃの胸に想いを伝えないと。
想いを伝わりやすくする、想いの伝導体がないと。

 想いの伝導体。僕としぃの最後の絆。握りしめたキャップをDATの下に敷き、もう一度繰り返す。これが答
えかなんてわからない。見当外れの事をしているのかもしれない。けれど、他に思い当たるものなんてなかった。
しぃのあたたかみが残った、僕の血が滲んだ、ぶかぶかでサイズの合わないキャップ。想いを、通せ。

(主;ω;)「!! うああぁぁああぁぁぁ!! しぃぃぃいいいいいいいっっっ!!」

 心臓のノックが、キャップを、DATを越え、皮のない僕の掌にも、筋肉を伝って骨の底まで響いてきた。不
確かで、まだまだか細い鼓動。けれど、わたしはここにいると、わたしは生きていると、たしかに、強く、はっ
きりと訴えている。あなたのこえが聞きたいと。僕も、僕のこえを聞いてもらいたい。

(主;ω;)「……っっ!!」

 大きく息を吸い込み、今まで散していた叫びをしぃの口に吹き込む。想いを送るために。僕の想いを胸の内で
聞いてもらうために。

 胸の底の想いを吹き込んだら、今度は心臓を押しつづける。しぃの胸に届いたはずの僕のこえを、体の隅々に
まで拡散させる。これが僕のこえだ。これが僕の想いだ。だから、だからしぃ――。

(主;ω;)「目覚めろおおおおおぉぉぉぉぉぉおおおおおぉぉぉぉぁぁぁぁあああああぁぁぁああああああ!!」


(* - )「……けふっ!」


(主;ω;)「!? しぃ! しぃっっ!?」

260 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 22:32:15.75 ID:PFwEHQpd0

 しぃの喉から緑色の溶液が漏れ出す。吐き出されたそれは口の外にはでず、また喉の底へと戻ろうとした。そ
うは、させない。口を合わせ、思い切り吸い出す。口の中に溜まったそれを一度吐き出し、吸い出し、そして、
吐き出す。

 しぃの体が痙攣する。なにがつらいのか、なにが苦しいのかわからない。ただ、その姿を見て、何もしないで
いることなんてできやしなかった。しぃの体のふるえを押さえ込むように、体を合わせ、力を込めて抱きしめる。
ふるえが止まる。しぃが咳き込み、それもやがて止まった。――――。

(主;ω;)「しぃぃぃ……ッ。よかったぁぁぁ……」
(*゚ -゚)「……く……、……べ……」

 つらそうな顔で、しぃは僕を見上げた。青白い肌はそのままで、とても元気な姿じゃない。けど、僕の腕の中
には、肩にかかったあたたかい重みが甦っていた。床に放置された、くしゃくしゃになってしまったキャップを、
しぃの頭に乗せる。サイズの合わないぶかぶかのキャップは、しぃの目元を隠した。ぶれる目元を拭って、僕は、
もう一度、しぃの姿をよく見る。

(主^ω^)「わすれ、もの……。やっぱり、ここが一番でゃお」

 喉がふるえ、鼻が鳴ってしまい、、語尾が変なものになってしまった。せっかくの決めるべきシーンなのに、
僕ってやつは決まらないなあ、などと思っていた。しぃは俯いたまま、動かず押し黙っている。

(* - )「……ッ……え……、た……」

 しぃが自分から体を押し付けてきた。寒さからか、恐怖からか、それとも、まったく別の感情からか、体をふ
るわせ、僕の体に抱きついてきた。しぃの声が、僕の体に直接波及していく。不明瞭な言葉。なにを言っている
のか聞こえない。それでも、しぃはしゃべりつづけた。必死になって、伝えようとしていることがわかった。意
味不明の言葉の羅列を繋げ、ようやく、僕にも聞こえた。「くるべのこえ、きこえた」と。

 しぃの頭をなでる。かぶせたキャップ、落ちちゃったな、なんて考えながら。

261 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 22:33:45.73 ID:PFwEHQpd0



 DATの中に、血が染み込んでいく。己の圧力に耐え切れず、裂けてしまったショボンの筋肉から伝う血液。
DATの人形は頭が潰され、ショボンの手の中で“ぷらんぷらん”とゆれている。そこからは、およそ人間らし
さを感じることはできない。

( ※ <●>)「……それが、あなたの想いですか?」

 ワカッテマスが言った。表情は変えず、声だけが悲しみと安堵の色を帯びていた。ショボンは無言のままワカ
ッテマスを一瞥すると、手の中のDATを放した。DATは軽い音を立て、床の上に落ちた。DATが落ちたの
を確認すると、腰が砕けたように、ショボンは座り込んだ。

(´・ω・`)「……わからないよ」
( ※ <●>)「不器用な方だ……」

 潰されたDATの頭が元に戻っていく。うどんのような、太い髪の束。ボタンで模された、真ん丸い瞳。×点
に縫われた口。柔らかい布で形作られた皮膚に、肉の代わりに詰まった綿。少女のときと同じ格好をした、DA
Tの人形。変わらず薄い明かりを灯しつづけている。

( ※ <●>)「そんなにも、父が憎いのですか?」
(´・ω・`)「……今はそうでもない、と思う。それよりも、自分の中に流れる父の血が憎い。年を重ねるごとに、
      あいつに似ていくのが堪らない」

 DATの頭の一部が戻らないままへこんでいた。ショボンの血を吸い込み、中の綿が萎縮してしまっている。
まるで、そこだけ硬いもので撲られてしまったかのようだった。人に当て嵌めたら、致命傷になる部位。

( ※ <●>)「滅びの解放ではなく、秩序による安定を選んだのはそのためですか」

 ワカッテマスが倒れたままの格好で、労るようにDATを胸に抱いた。

262 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 22:35:15.67 ID:PFwEHQpd0

( ※ <●>)「ですが、あなたが望んでいる事は違うのですね」

 ショボンは無言のまま、首だけを縦に振る。

( ※ <●>)「私が目指すものと、あなたが望む事は同じ。けれど、あなたに巣食う悪霊が、あなたが望む事を
       行わせない。……もう、いいでしょう。あなたを蝕む幻影は、ただの虚像にすぎないのですから」
(´・ω・`)「……言われなくても、わかってる」

 うなだれたまま、ショボンは言った。

(´・ω・`)「……ある人が、『想うことは、想い合うこと』だって言っていた。その言葉が、僕には痛かった。
      僕は想われるだけで、想うことができなかった。それはきっと、これからも変わらない。一方通行
      の、痛々しい片翼の想い。僕だけじゃない。しぃも、“人”と化してしまったあなたも、それは、
      そうだ」
( ※ <●>)「わかってます。私がいくら想っても、もう、ペニサスは私を想ってはくれないでしょう。ですが、
       あなたはそれでいいのですか? 諦めるのですか?」

 それには答えず、ショボンは話つづける。

(´・ω・`)「……見つけたんだ。想い合える、まっさらな“人”を。父の願いではない、僕の望みを叶えること
      ができるかもしれない少年。僕にはできないことを、彼ならできるかもしれない。それに――」

 そういって、頬にふれる。細かな傷の中、一際大きい、肉を抉る斬り傷に。

(´・ω・`)「“人形”は進化しているのかもしれない。イレギュラーな事象だとしても、その可能性はある。だ
      ったら僕は、父ではなく、自分のためにこの身を削っていきたい。いこうと、思う」

 ショボンの瞳に、力がこもった。


265 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 22:36:45.65 ID:PFwEHQpd0
( ※ <●>)「……あなたは、本当に不器用だ。ひとりでここに来たのも、クルベ少年には私を殺せない事を見越
       したからなんでしょう? 彼はやさしい。人を想うことができるやさしい少年だ。けれど、奪えな
       い側の人間。やさしいけれど、それ故に、甘い」
(´・ω・`)「……。買いかぶりすぎだよ。クルベの目的はDATで、僕はあなただった。それだけだ」
( ※ <●>)「それなら、……わかりますね?」

 ワカッテマスが、ショボンの拳銃をつかみ、自分の額にあてる。

( ※ <●>)「私は生きつづける限り、ペニサスを想うでしょう。DATがなくとも、何らかの手段を講じること
       でしょう。それが誓いなのだから。目指す地平は同じでも、あなたの望みとは過程が違う。ならば」
(´・ω・`)「わかってるさ。僕が望むのは追放ではなく、脱出。“個”ではなく“種”としての進化。絡め取ら
      れた安全ではなく、己で切り開く責任ある自由。今までの自分と決別するために、僕はあなたを討
      たせてもらう」

 ショボンが、己の意思で銃口を突き立てる。引き金に、力をこめる。

( ※ <●>)「……世話をかけます」
(´・ω・`)「別に、慣れてるさ」
( ※ <●>)「最後に会ったのが、あなたでよかった――」



 思い出すのは、父のこと。父が僕を造った理由。偽りの親子で、父は主、僕は人形だった。けれど、あの人
は、あの人なりに、僕の事を想っていた。歪で、歪んだ想いだったけど、それでもあの人は、僕にとって父だっ
た。だから、だからこそ、僕は裏切る事に罪悪感を感じてしまったんだろう。けれど、それももう終わり。父よ、
僕は自分の道を歩みます。僕は、自分の答えを見つけに行きます。

 さようなら、お父様。



266 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 22:38:14.45 ID:PFwEHQpd0


『お父様……』

『ペニサス……、そんなところにいたのですか……』

『待っていました。待ちつづけて待ちつづけて、忘れられてしまったのかと思ってしまいました』

『色々と、回り道をしていました。けれど、あなたを忘れたことなど――』

『わかっています。少し、すねてみただけです』

『申し訳ありません……。もう少しで、私はあなたに会う資格を失う所だった』

『いいのです、いいのです。かえりましょう、在るべき場所へ。逝きましょう、ひまわりの咲く花畑へ』

『……ええ、今度こそ、一緒に。これからも――』

『一緒に。私たちは――』

『人なのだから。だから、ずっと――』


           『ずっとずっと、想い合いましょう。私たちは人間なのだから』





                         ―― 了 ――

271 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 22:39:43.91 ID:PFwEHQpd0
                         ―― 十 ――



(主;゚ω゚)「いっっっ……でぇ!!」

 しぃを助け出して安心したせいか、半ば眠りかけていた痛みが目覚めだした。というか、どうなってるんだこ
れは。掌は皮膚の下の筋肉が露出し、指紋が焼失、おまけにガラスが突き刺さった痕が貫通している。手首は中
の骨が見えるほどに細くなってる上に、目玉蜘蛛の刃の形の沿って、肉がこそげ落ちている。体中に咬み傷が残
っているし、大量の目玉に押し潰されたせいで背骨が軋む。呼吸もうまくいかず、息苦しい。

 こけたときにつくった頬の傷がひりひりするし、強く叩きつけた額からはまだ血が止まらない。そういえば、
この教会に入る前にショボンにぼこぼこにされたんだっけ。その事に思い至ると、蹴られた箇所が熱を持って、
自己主張を開始した。

 よくもまあ、こんな状態でここまで駆けて来れたものだと思う。痛みで気絶してしまいそうだ。排出した血液
が意識の混濁に拍車をかける。なんだか眠気まで近づいてきた。

(* - )「……っゅんっ」

 しぃが小さなくしゃみをした。ぬれた髪先から雫が零れつづけている。肌はまだ青白いし、唇は紫に変色して
いる。寒さからか、体が小刻みにふるえている。水を被ったまま外気に晒されていたのだから当然かもしれない。

 僕は穴だらけになった、服とは呼べないようなぼろを脱ぐ。寒そうにしているしぃのために、という気持ちの
他に、体を隠してあげたいという心理が働いた。裸だから、だけではない。蛸足に吸い付かれていた箇所に残っ
た、紺色の痣が痛々しかったのだ。肌に張り付いて中々剥がれないぼろを脱ぎ、しぃに着せる。自分が着ている
ときは気づかなかったが、ぼろは元の色がわからないほどに赤く染まっていた。よくわからない感慨を覚えた。

(*゚ -゚)「……びちょびちょ」
(主^ω^)「いや、まったく、こりゃごめんだお」

273 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 22:41:13.58 ID:PFwEHQpd0

 着る者が変われば変るもの。ただの小汚い布にしか見えなかったぼろが、今は真紅のドレスに見える。僕の視
線に気づいたのか、しぃはぼろの端をちょこんと手に取り、うやうやしく吊り上げた。首をちょびっと傾げれば、
ほら、“貴族のお嬢様ポーズ”の完成。

 愛嬌あるじゃないか、このやろう。

(*゚ -゚)「……クルベは?」

 小首を傾げたままの格好でしぃは言った。瞳だけ動かして、僕の全身を見回している。

(主^ω^)「僕は、ほら」

 「わたしにこの服を渡して、クルベは寒くないの?」という意味だと受け取り、僕は股間を指し示した。当然、
剥きだしているなんて破廉恥な事はしていない。初日にショボンから貰ったぼろの腰蓑、そいつはまだ、僕の恥
部を覆っている。まさかこんな風に役に立つとは思っても見なかった。

(主^ω^)「さあ、行くお」

 閉じようとするまぶたを物理的にこじ開け、足を踏み出し、痛みで脳を覚醒させながら立ち上がる。やること
は、まだまだある。

 目玉野郎、アナンシ。あいつは僕のDATを狙っている。例えこの世界で逃れたとしても、次の世界へと追い
かけてくるだろう。この世界で決着をつけなければならない。けれど、今の僕ではアナンシには到底敵わない。
渋沢と、あと、あの筋肉さんも、強いのだろうけど、ズタボロ状態だ。いつまで持つかわからない。はやく、こ
の世界に飛来したDATを取得して、加勢しなければならない。

 けれど、そのためには。DATを己の娘と言った男。僕は彼から奪わなければならない。DATと、想いを。
迷っている暇はない。これは、僕がやらなければならないことだ。DATがある世界からやってきた、僕が背負
わなければならない責任。その結果がどうなろうと。

275 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 22:42:42.52 ID:PFwEHQpd0

(主;゚ω゚)「ぉおッ!?」

 爆発音と同時に、部屋の中がうねった。縦横無尽に暴れまわる強烈な振動が、三半規管を狂わせ立っていられ
ない。音を立て、部屋のあちこちに亀裂が走る。緑色灯を保護していたガラスが砕け、破片となって降りかかっ
てきた。呆然として動かないしぃを強引に組み伏せ、覆いかぶさる。ついで、自分の頭も抑える。

 破砕音と、巨大なものが落下する音、それが地面に叩きつけられた音などが、抑えた頭の中に入り込んでくる。
背中の上に瓦礫の欠片がぶつかったのがわかった。

 致命傷になるような瓦礫が落ちてこない事を祈りながら、揺れが収まるのを待った。

(主;^ω^)「収まった……かお?」

 やがて、巨大なうねりは収まった。だが、細かい振動が消えることなく響きつづけている。ただの余波ではな
い、第二波を感じさせる揺れだった。砕けずに残った明かりが明滅を繰り返していて、部屋の中が薄暗い。だが、
今の部屋の状態が、先程までとはまるで違う様相を示している事は、容易にわかった。

 この規模の揺れだ、当然この部屋だけではすまないだろう。今ここで、何かが起こっているのは間違いない。
それも、とてつもなく危険な何かが。

(主^ω^)「急ぐお!」

 組み敷いていたしぃを、抱え気味に起こし上げる。とにかく、じっとしてはいられない。原因がなにかはわか
らないが、他にやることがある。それに、ショボンも心配だ。今はまず、ショボンと合流する事を考えよう。

 しぃの手を握り、僕らはもう一度駆けだした。




277 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 22:44:12.01 ID:PFwEHQpd0
 予想していた通り、通路も惨状に見舞われていた。ほとんどの明かりが消えてしまい、目を凝らさないと伸ば
した指の先さえ見えないような暗闇となってしまっている。大小様々な瓦礫が道を塞ぎ、一々蹴り崩さなければ
先へと進めない。更にわるいことに、蹴り崩した振動によって新しい瓦礫が道を塞ぐという悪循環にすら陥った。
粉塵が肺の中に入り込み、ただでさえ困難な呼吸を、より苦しいものにさせられる。そして、

(主#゚ω゚)「ぬうぅぅぅあああぁぁぁぁぁぁああああああ!!」

 天井がひしゃげたせいか、自動で開いていた扉がまったく反応しなくなってしまっていた。手動で開けようと
試みるが、どんな材質でできているのか、異常な重さで遅々として開かない。僕が足止めをくらっている間も、
地下全体に轟く揺れは収まらない。新たな瓦礫が音を立てて崩れ落ちる。

(* - )「……んんんっ!」
(主#゚ω゚)「ひぃぃぃらぁぁぁぁあああっっ!! けええええええええええええええええええっっっ!!」

 力を合わせ、扉をこじ開けた。というより、破壊した。扉は壁に吸い込まれることなく、中腹からぐしゃぐし
ゃに折れ曲がってしまった。ぎりぎりで通れなさそうな隙間しかできなかったが、強引に体を捻じ込み、押し広
げるつもりで隙間を抜けた。

(主;゚ω゚)「!? またッ!」
(*゚ -゚)「……ゆれが……」

 振動が、また強まった。最初の激震ほどではないにしろ、真っ直ぐ立つのが難しいレベルの揺れだ。それに、
これから先、最初の振動以上の破壊が控えている事は容易に想像できる。急がなければならない。

(主;゚ω゚)「! ぷあっ!?」

 後方の通路から、巨大な音と振動が響いた。粉塵が視界をまやかし、喉を痛めつける。粉塵が晴れた後に現れ
たのは、天井から押し潰れた、通路だったものの姿。僕たちがこじ開けた扉も巻き込まれている。もしかしたら、
あの扉が支柱になっていたのかもしれない。できた隙間がもう少し狭かったら、もっと拡げようと粘っていたら。
考えると、体が強張った。

280 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 22:45:41.56 ID:PFwEHQpd0

 (主 ゚ω゚)「ショボン!」

 いくつかの扉を開け、何度も心臓にわるいを思いをしながらも駆けつづけ、ショボンと別れた場所に辿り付い
た。ショボンは、ひとり佇んでいた。僕が来るのを待っていたようだった。

 ショボンの手の中と、僕のDATが共鳴する。ショボンが持つDAT。血にまみれた、欠片の形。

(主 ω )「……やったのかお……?」
(´・ω・`)「ああ、殺った」
(主#゚ω゚)「っっっ!!」

 知らぬ間に、殴りつけていた。拳にもならない中途半端な形で殴りったために、接触面から骨が砕けるような
音が響いた。思わず呻き声が漏れるが、そのまま最後まで殴りぬいた。ショボンは黙ったまま動かない。

(主#゚ω゚)「それはぁっ! それは僕がぁっっ!!」

 自分でもわからない程に、僕は激昂していた。理由はいろいろ考えられた。どれも違う気がしたし、どれもが
合わさっているような気もした。

(´・ω・`)「僕には彼を殺す直接の理由があった。きみにはなかった。だからこれは、これでいいんだよ」
(主;ω;)「僕がぁ……。僕がやらなきゃぁ……」

 涙が零れた。精神の昂まりをコントロールすることができない。くやしさからの涙、殺してしまったことへの
涙、そして、なによりも、己の責任を果せなかったことへの涙が、留まることなく流れつづけた。

(主;ω;)「これはぁ……、僕の責任だったんだおぉぉ……」

 間接的にとはいえ、DATを持ち込んでしまった世界の人間が取らなければならない責任だったのだ。これで
は、これでは、自分に対して、ショボンに対して、片目の男に対して示しがつかない。

283 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 22:47:10.71 ID:PFwEHQpd0

(´・ω・`)「責任? 責任だと?」

 殴られたままの格好で、淡々とショボンは言った。垂れ下がった前髪が表情を隠している。しかし、剥き出さ
れた拳が、何よりも多弁に表情を固めていた。

(#´・ω・`)「……ぅぅぅぅううううううざけんッッなぁぁぁあああああっっっ!!」

 ショボンの拳が頬を突き破り、脳天を揺り動かした。衝撃のままに吹き飛ばされ、したたかに背中を打ち付け
る。壁の表面が割れ、天井から瓦礫が崩れ落ちてきた。それなりの大きさのものが、僕の頭に直撃した。

(#´・ω・`)「何が責任だ! 背負わなくていいもん背負ってマゾヒズムに浸ってるだけじゃねぇか!!」

 罵声が頭を殴る。反論しようと声を上げたが、出てきたのは風が消えるような擦れた音だけだった。

(#´・ω・`)「てめえの責任は世界を取り戻すことだろうが! てめえはかえれるんだろ、取り戻せるんだろ!?
       だったらぁっ! かえるべき世界を取りかえすことがてめえの責務だ!!」

 わかっていた。ショボンが言う事だって、考えていないじゃなかった。けれど、それでも、心はそれを許して
くれない。僕は男を殺せないだろうという事も、わかっていた。僕には、とてもじゃないけど、僕“らしくない”
ことができるとは思わなかった。だけれど、心は許さない。きっと、想いは理屈じゃないのだろう。

(´・ω・`)「……ほらっ」

 ショボンが手を差し出してきた。目元から流れ続ける涙を拭い、胸のわだかまりを全部吐き出すつもりで、力
の限りショボンの手を握った。

 握った手が、とても痛かった。



285 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 22:48:43.36 ID:PFwEHQpd0

 紆余曲折あったが、とにかくこの世界のDATは手に入れた。残った問題はあとひとつ。最後の懸念、アナン
シの下へと向かった。未だ戦っているであろうふたりを助けるために。だが、

(主 ゚ω゚)「……なんだこれ……」

 通路の途中から、一切のものが消えていた。壁がないとか、床がないとか、そんなものではない。本当に何も
ない。水平線よりも遠く、光の届かぬ暗闇がつづいている。足を踏み外したら、そのまま奈落へと直結しそうだ。
何をしたらこんなことになるのだろうか。

(*゚ -゚)「……戦争でも……、おこったみたい……」

 しぃは変らぬ顔でそう言い、ショボンは苦々しげな顔で無言だった。アナンシから流れていた闇の波動は感じ
られない。渋沢と筋肉さんが倒したのだろうか。では、この惨状は二人の手で行われたのか。わけがわからない。
目の前の光景は、僕の理解の範疇を超えていた。

 ひとつだけわかるのは、さんざ「ボクの敵」と言われていたのに、結局、まともに戦う事はなさそうだという
事実だけだった。なんというか、これはこれで見せ場を横取りされた気分だ。

(主;゚ω゚)「ッッ!?」

 足が砕けそうな振動が、再び圧し掛かってきた。意思とは関係なしに腰が抜ける。前も後ろもわからない。浮
遊する圧力は僕の行動を圧倒的に制限し、なすすべなく座り込むことしかできない。

 地下全体を揺らす轟音に紛れ、近くから、硬いものが細かくひび割れる音が聞こえた。つぶてのような細かな
破片が、僕の頭に大量に降りかかってきた。見上げると、天井に蜘蛛の巣のような亀裂が走っており、今にも巨
大な岩盤が落ちてきそうに思われた。

 手をつき、足を蹴りだして逃げようとするが、振動のせいで力が入らない。おまけに、焦るものだから尚更う
まくいかない。動かない、動けない。天井が音を立てて、降ってきた。僕は、目を閉じた。

286 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 22:50:12.72 ID:PFwEHQpd0

 頭皮を後ろから引っ張られた。僕の体は少しだけ浮き、直後、したたかに腰を打ちつけた。目を開く。僕が座
っていた床が、根こそぎ奪われていた。天井の落下に巻き込まれて、奈落の底へと心中したようだ。けれど、僕
の内に助かった安堵感や、後少しでも遅れていたらという恐怖感が沸くことはなかった。というか、

(主;゚ω゚)「いたいいたいいたいいたい!!」

 耳をつかまれたうさぎのように、僕の髪はショボンにつかまれたままだった。このままでは禿げてしまうと本
格的に心配し始めたころ、ようやくショボンは手を放した。目の前を通り過ぎていく幾本のもの髪の毛から、哀
愁という言葉の意味を知った。

(´・ω・`)「広がりすぎた空間が、地上の自重に耐え切れなくなっているらしい。崩れるのは時間の問題だろう」

 他人事のように、ショボンは言った。まるでどうでもいいような口振りだった。

(主;゚ω゚)「そんな! ここまで来て!」
(´・ω・`)「何を言っている。きみにはDATがあるじゃないか」

 そう言って僕の手を握り、男から奪ったDATを押し付けた。この世界に飛来した、僕がここへ来る切欠とな
ったDAT。ひとりの男の人生を狂わせてしまった、血にまみれたDAT。

(´・ω・`)「目的は達成したんだ、きみは次の世界に行けばいい」
(主;゚ω゚)「でも、それじゃあ!」

 僕の声を掻き消すように、振動と轟音が一段と強くなった。頭が左右に振られ、そのまま後ろに倒れこみそう
になる。だが、繋いだ手が引かれ、僕の体はショボンの方へと寄せられた。額同士がぶつかり合った。

(´・ω・`)「そうだな、ここでお別れだ。正直、思い残す事がないじゃない。だけど、結局こうなることが、僕
      としぃの『運命』だったのかもしれない。“悪霊”は“悪霊”“らしく”、“残された墓所”で眠
      るのが相応しいということなのだろう」

288 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 22:51:42.75 ID:PFwEHQpd0

 掌の痛みと、額の熱さが離れていった。ショボンはしぃの肩を抱き、壁に寄りかかっている。ショボンの顔に
悲愴や諦めの色はない。あくまでも超然とした、いつも通りの表情。これから起こることなどまるで感じさせな
い、あまりにも人間らしくない表情。

 しぃはどうなのだろう。ショボンの腕の中で、小さく縮こまっている。キャップが目元を覆い、表情は窺えな
い。体が揺れているのは振動のせいなのだろうか。それとも。

 僕たちが通ってきた通路が、音を立てて瓦解した。もう、行く事も引く事もできない。僕が僕の世界を取り戻
すには、ショボンの言うとおり、今ここで次の世界へ行かなければならない。取り戻したい世界、記憶の中の友
人たち、偉大な父の背中を思い浮かべ、ふたつのDATを重ね合わせる。

(´・ω・`)「どうしたクルベ。速くしないと間に合わなくなるぞ」
(主^ω^)「……ショボン、ひとりで逃げるなんて、僕にはできないお」

 DATを重ね合わせたまま、僕は言った。僕に動こうとする意志がないのを感じ取ったのか、咎めるような口
調で、ショボンは口を開いた。

(´・ω・`)「まだ言わせるつもりか、きみは行くんだ。己の責務を果せ」
(主^ω^)「それとこれとは別の問題なんだお。僕はかえる。けれど、それは何をしてもいいってことじゃない
      お。僕がここに来たのはDATのためだけじゃないんだお。しぃも、ショボンも無事じゃなきゃ意
      味がない。三人一緒に帰らなきゃ意味がない。僕は――」

 この世界には、長い間滞在していた。多くのことを学んで、沢山の事を考えさせられた。パンや干し肉は固く
てまずかった。残されたひまわりから戦争を知った。奪う側の心の痛みを教えられた。残された絆を想うのが、
僕だけじゃないことがわかった。この世界や、ショボン、しぃとの間に生まれた絆。例え、僕の独りよがりな想
いでも、自分から断ち切ることなんてできない。今までも、ここでも、これからの世界でも手に入れるであろう
もの。靄にかかった、不確かなものだけど、僕は、それを手放すわけにはいかない。僕は――。

(主^ω^)「僕“らしく”かえらなきゃ意味がないんだお!」

289 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 22:53:13.44 ID:PFwEHQpd0

 天井の亀裂が広がる。今にも崩れ落ちてしまいそうだ。残された時間は、あまりにも少ない。重ねたDATを
乗せた手を、ふたりの前に伸ばす。

(主^ω^)「手を重ねるんだお!」

 動こうとしないふたりの手をつかんで、強引に僕の掌に合わせる。ふたつのDATが薄く発光する。みんなで
帰るには、この方法しかない。

(主^ω^)「ふたつのDATに想いを込めて、ぼくたちは三人で帰らなきゃダメなんだお!」
(´・ω・`)「三人に対してふたつのDAT。エネルギィは足りるのか?」
(主^ω^)「……わからない」
(´・ω・`)「それじゃあダメだ、しぃだけ連れて行ってくれ。僕はここに残る」

 ショボンが手を引く。

 だが、

(*゚ -゚)「……いっしょに……!」
(´・ω・`)「しぃ……」

 しぃがショボンの腕をつかんだ。強い口調で、一緒にかえろうと。

(主^ω^)「さっきの言葉、そのまま返してやるお。ショボン、お前はマゾヒズムに浸ってるだけだお。思い残
      す事があるくせに、僕やしぃのために道を譲ろうなんて、そんなのただ破滅に酔ってるだけだお!
      『運命』がなんだ! そんなもん糞喰らえだ! 自分“らしさ”を求めるってのは、そこまでと区
      切る事じゃない。もがいて、あがいて、生きづらい人生の中を苦しみながら答えを探しつづけるこ
      と、そのものなんだお!! いいかショボン! ショボンが手を重ねるまで、僕はDATに想うこ
      とをしないお!」


291 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 22:54:43.44 ID:PFwEHQpd0
 ショボンは僕の目を見る。しぃとも目を合わせる。そして、無言の内に、手を重ね合わせた。

(主^ω^)「DATは想いによって反応する物質、意識に不純物が紛れてたら絶対に失敗するお。かえりたいっ
      て意識を、想いを、ひとつに合わせなきゃダメだお!」
(*゚ -゚)「うん」
(´・ω・`)「わかっている」

 DATの発光が強まっていく。それに比例するように、周りの振動も力を上げる。足元の床に亀裂が走ったの
が、感触でわかる。周りの騒音が、想うことを阻害しようとする。

(主^ω^)「ふたりとも、目をつむって! 一緒に……」

 そう言って、ふたりを見る。

(*゚ -゚)「いっしょに……」

 しぃが目をつむる。

(´・ω・`)「一緒に……」

 ショボンが目をつむる。

 ふたりが目をつむったのを確認して、僕もまぶたを閉じる。

 とじたまぶたの裏。DATの光と、DATに照らされた僕らだけの世界。想うことは同じこと。

 想いのすべてをDATへ。想いのすべてをかえることへ。

 重ねた手を強く握りしめる。ふたり分多い、人のあたたかみ。


295 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 22:56:13.35 ID:PFwEHQpd0



 思い出すのは、父のこと。

 力強く、誰にでも誇れる広い背中。

 最後のとき、託された想い。

 投げ出された、知らない世界。

 考えるより先に、体が動いた。

 けれど。

 自分が、見えなくなった。

 自分を、見つめなおそう。

 取り戻そう、本当の想いを。

 父のためにも。

 自分のためにも。


 そのために――――




299 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 22:57:42.85 ID:PFwEHQpd0



 思い出すのは、父のこと。

 弱々しく、嫉妬と猜疑に満ちた哀れな瞳。

 最後のとき、託された想い。

 投げ出された、秩序の世界。

 考えだした、偽の答え。

 けれど。

 そこに、求めるものはなかった。

 人形の自分とは、決別しよう。

 世界を、運命から解き放とう。

 父のためでなく。

 自分のために。


 そのために――――




302 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 22:59:16.83 ID:PFwEHQpd0



 思い出すのは、父のこと。

 やさしく、強く抱いてくれた厚い腕。

 最後のとき、託された想い。

 投げ出された、獣の世界。

 考える内に、動けなくなってしまった。

 けれど。

 想いは、理屈じゃない。

 絆を保ち、約束を守ろう。

 地を、人で満たそう。

 父のために。

 自分を捨てても。


 そのために――――




306 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 23:00:46.80 ID:PFwEHQpd0














                         今一度、我が家へ














                         ―― 了 ――

311 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 23:02:16.53 ID:PFwEHQpd0
                         ―― 終 ――



 まぶたの裏に赤い閃光が走った。それは途絶えることなく僕の眼球を襲った。たまらず掌でまぶたの上を覆う。
しばらく赤色が網膜に焼きつき、痛みとも痒みともつかないじんじんとした感覚と格闘していたが、次第になり
をひそめ、穏やかな暗闇が戻ってきた。

 掌を高く掲げ、おそるおそるまぶたを開く。光で透け、中の血管が見える手の先に、屋根の隙間から顔をのぞ
かせている太陽が見えた。顔ごと視線を逸らし、太陽から目をそむける。二三度意識的にまばたきをして、よう
やくまともな視力へと回復することができた。

(´・ω・`)「おはよう」
(主^ω^)「……起きてたお」
(´・ω・`)「嘘つけ」

 窓を見る。天井の重みに耐え切れず、元の形がわからないくらいにひしゃげてしまった、ガラスも網戸もない、
ただの穴あき窓。その横に、膝を折り曲げ、体育座りの格好で壁に寄りかかっているしぃがいる。サイズの合わ
ないぶかぶかのキャップを斜めに被り、つばに隠れていないほうの瞳が、いつもと同じように僕を見つづけてい
た。

(主^ω^)「おはよう」
(*゚ -゚)「……おはよう」
(´・ω・`)「やっぱり寝てたんじゃないか」
(主^ω^)「いや、起きてた」

 何事もなかったかのような、いつも通りの日常。このまま待っていたら、固いパンと、もっと固い干し肉が出
てきそうだ。そういえば、今朝は朝飯抜きだったんだっけと、とても平和な考えすら頭に浮かんできた。本当に、
なにもなかったみたいだ。


313 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 23:03:45.88 ID:PFwEHQpd0
 けれど、それは違う。掌の中にはDATの重さがふたつ分あるし、あの極限状態の中で考え、想った事は忘れ
ようもない。なにより、体中がこのまま死んでしまいそうになるほど、痛い。痛くて堪らない。

 だというのに、僕の顔からは、笑みがこぼれて止まらなかった。痛いのに、わらってしまう。静かなわらい。
やるべきことを成した後の、充実感から来る感情。うまくいかないことばかりだったけど、DATを手に入れる
ことができて、しぃを助け出す事ができた。今は、それで十分だ。

(´・ω・`)「随分いい顔してるじゃないか。学ぶべきことでも見つけたかい?」
(主^ω^)「ショボンこそ、随分と薬指の回りがいいじゃないかお」

 両の手の指先を合わせ、その中から薬指だけを離し、ぶつかり合わないようにくるくると器用に交差させてい
る。いつもならすぐにぶつかり合ってしまう薬指同士が、今日は快調に回りつづけていた。回りつづける指から、
何かを吹っ切ったような潔さを感じた。

(´・ω・`)「もう二度と来るなよ、『害悪』」
(主^ω^)「言われなくてもわかってるお、シスコン」

 顔を合わせ、声を上げずに静かにわらい合った。まったく、清々しいくらいに憎々しい顔だ。はじめて会った
ときに脅されたのも、ぼこぼこに蹴られたのも、怨んでやる。怨んで怨んで、絶対に忘れてやらない。髪の長い、
冬の枯れ木みたいな格好をした性格のわるい奴のことを、ずっとずっと覚えておいてやる。覚悟しろ。

 体を起こす。血が足りていないせいか、目の前が白く染まって、ふらふらした。でも、大丈夫。今の僕なら、
それくらい気にもならない。今の内に、この世界の空気を胸いっぱいに吸っておこう。嫌になるほど吸い込んで、
この世界の味を忘れないようにしよう。

 テーブルに手をつく。木目にあわせて指を沿わせていくと、僕が刺し貫いた傷に辿りついた。そういえば、あ
の軽佻浮薄なナイフ男渋沢、一体どうなったのだろうか。地下の下で潰れてしまっているのだろうか。なんだか、
死んだ場面が想像できなかった。想像できないってことは、多分生きているんだろう。そして、またどこかで仕
事をサボって、暇つぶしに精を出していることだろう。


317 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 23:05:15.81 ID:PFwEHQpd0
(主^ω^)「しぃ」

 しぃに近づき、抱きしめた。しぃも、抵抗なく抱きしめられてくれた。小さくて、やわらかい体。僕の方から
抱きしめているはずなのに、いつの間にか体が埋まって、逆に抱かれているような気がするやわらかさ。うずも
れてでられなくなる前に、体を離した。しぃと目が合う。もう、瞳に覆われた殻はなかった。

(*゚ -゚)「……ん」

 目の前の顔が接近する。焦点が合わなくなるくらいにしぃの顔が間近に来た後、唇に弾力のある何かが触れた。
何かに例えるのをおこがましく思う程、弾力ある感触。唇を喰いちぎっているので、触れ合った箇所が痛かった。
涙がでそうになる程に、痛くて痛くて堪らなかった。

 しぃの腕が僕の後頭部に周り、僕の頭が固定されたと思った瞬間、唇を割って、今までの弾力ある感触とは別
の生物的なものを感じさせる感触が口内に侵入してきた。反射的に飛びのきそうになったが、しぃの腕がそれを
許さなかった。生物的感触は口の中を労るように、傷の形に沿わせてうごめいていた。痛みと共に、暴発しそう
になる何かが僕の中心を駆け巡った。息が荒くなる。そんなことはお構いなしに、生物的感触は口内ごと、僕の
意識を支配していった。

 たっぷりと互いの息を交換し合った後、ようやくしぃは顔を離した。

(*゚ -゚)「……きめた」

 そう言って、もう一度顔を寄せてきた。今度は、軽く触れるだけ。

(*゚ー゚)「えっちなことするなら、クルベみたいな人とする」

 しぃはわらった。はじめて見せた笑顔は、年相応の子供の笑顔だった。

(主;^ω^)「……この、テクニシャンさんめ」


323 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 23:06:45.89 ID:PFwEHQpd0
 DATが光る。淡い光が少しづつ伸びていき、やがて僕の体を覆った。ずっと、一所に留まっている訳にはい
かない。この世界ともお別れ。次の世界でDATが待っている。

 しぃは腕のロックを外し、猫のように頬を擦り合せてから、そっと離れた。

 しぃが離れたのを確認したかのように、DATの光が高まった。視界の中が白に染まり、ふたりの姿が見えな
くなっていく。

(主^ω^)「ショボン、“クルベ”に恥じない男になってくるお」
(´・ω・`)「黙れよ軟弱者」

 ショボンが拳を突き出してきた。僕も合わせる。拳の表面の、固い感触がぶつかった。直後、僕の拳が光の粒
子に変じ、DATの光と同化していった。

(主^ω^)「しぃ、想いは――」
(*゚ー゚)「理屈じゃない、よね」
(主^ω^)「上出来だお」

 しぃ、僕と同じく絆を背負った少女。願わくば、絆を断ち切らぬままに、約束を果たしてほしい。視界がゆら
めいていく。世界の姿が、ショボンの面が、しぃの笑顔が、光に遮られ、薄れていく。絶対に忘れない。見たも
のも、聞いた事も、感じた心も、胸に抱いたまま、世界を取り戻し、僕は、かえる、僕の、世界に!

 旅立ちの瞬間、何かが触れた。



           最後に合わせた唇の感触を噛みしめ、僕は、次の世界へと旅立った――――




326 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 23:08:23.70 ID:PFwEHQpd0
 閉じられた世界。閉じ込められた人形。
 閉鎖された世界は、秩序を重んじ、無秩序を許さない。

 すべては決められたこと。
 定められた運びの上で、流れるままに命を散らす。

 仕組まれた喜び。仕組まれた怒り。仕組まれた悲しみ。
 仕組まれていることにすら気づかず、互いを傷つけ想い合う人形。
 滅びとは無縁の、永遠につづきつづける、保存のための運命。


 だが、だがしかし――。


 秩序ある世界へ降り立った無秩序な人。
 世界は人を拒絶し、運命の輪は固く、人形への干渉を許さない。


 だから、だからこれは――。


 世界の内側で起こる、運命の外側の物語。
 無秩序な喜び。無秩序な怒り。無秩序な悲しみ。
 感情のまま、思うがままに、互いを傷つけ想い合う人。

 限られた世界で起こった、限られた人の記録。
 人がつむいだ、人のおはなし――――




328 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 23:09:52.86 ID:PFwEHQpd0










                  ( ^ω^)ブーンが世界を巡るようです



                 『 IN 運命に喧嘩を売るようです 編 』


                     【 想い合う 彼らのようです 】






                         ―― 続 ――






336 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 23:11:22.49 ID:PFwEHQpd0


    ____
    \   /
     (゚∈゚__) <そにぶー そにぶー
     /⌒  )
    ミイ  //            ,.:::.⌒⌒:::::ヽ
     | ( (           (::::::::::::::::::::::::::::)
     |  ) )          (:::::::::::::_、_:::::::::ノ
     | //           (::ヽ( ,_ノ`)ノ: ) <もすかー もすかー
     | ノノ            へノ   /
     |ノノ             ω ノ
    彡ヽ`              >


       【 次 回 予 告 】


353 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 23:12:52.03 ID:PFwEHQpd0
( ,_ノ` )「ファンキーな俺たちが、きみたちに最新情報を公開しよう!」

(*゚∋゚)「きみはふぁんきーもんきーべいべえー」

( ,_ノ` )「明日の作品は言わずと知れたギャグの金字塔、【( ^ω^)がアフロにしたようです】!」

(*゚∋゚)「ざ だんすまん おぶ 78 ◆pP.8LqKfPo あらため 78 ◆pSbwFYBhoY」

( ,_ノ` )「アフロとガイルの極悪兄弟。須名の棒を輪姦した代償、それは、地獄への片道切符!」

(*゚∋゚)「すなくー そうるは どどめいろ」

( ,_ノ` )「戦乱の地イラクで待ち受けるものとは!」

(*゚∋゚)「らち かんきん えす えむ それ なんてえろげ?」

( ,_ノ` )「志半ばで散った変態、その魂はいまどこへ!」

(*゚∋゚)「きみは ゆくえふめいになっていた わかんないです じゃないか!」

( ,_ノ` )「異世界『スダ・ドアカ・ワールド』の支配者、ハゲとアイパーに陽の目は当たるのか!」

(*゚∋゚)「ちょうにん じむへんそん いっか えいちぴーたったのじゅうか ごみめ」

( ,_ノ` )「ドリル娘と、あと、ほら、あの、影の薄い少年少女!」

(*゚∋゚)「ちんぽ っぽ えろけいかん でぃーじぇーおわた ようかん じゅうしょく おさむ もなーにえろゆき」


( ,_ノ` )「後は知らん! 明日を待て! んでは!」(゚∈゚*)

359 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 23:14:21.58 ID:PFwEHQpd0




    /ミ
   / /@@@
   | ( ゚∋゚ ) <ん が ん ぐ
   \ |/⌒ヽ   ヽ彡
     \  \\./ |
       \__\ミ/
       / /                  /⌒ヽ
      ( /                   ヽ( ,_ノ`)ノ <明日もまた 見てくださいね〜
       \)                  (( ノ(  )ヽ ))
       彡ヽ                   <  >


      ( ^ω^)ブーンが世界を巡るようです

     【次回 in ( ^ω^)がアフロにしたようです】

             おたのしみに!

366 プロスキーヤー(山梨県) 2007/03/17(土) 23:16:00.55 ID:PFwEHQpd0
                     ―― あとがき ――



 はっちゃけすぎた。テーマを詰め込みすぎて収集がつかなくなったり、筆がノった箇所とノらなかった箇所の
差が著しかったり、台詞周りが全体的にうぼぁだったり、地の文書くのが楽しすぎて会話文蔑ろにしたり、一レ
スの感覚が思い出せなかったり、ネタに走ってお茶を濁そうとしたり、そもそも自分の力量に合わないオーバー
スペックな話を考え付いてしまって後悔したりと、うまくいかなかった点を挙げようとすればキリがありません。

 ですが、一番描きたかったテーマは描く事ができたので、今は満足しています。とても自分“らしい”作品に
なったなあと思います。それと、前の世界がピアノさんでよかったです。狙ってやったわけでもないのに、話が
微妙にリンクしているような気がしておもしろかったです。ピアノさん、ありがとう。

 ちなみに、本作品は予告のための前フリでした、ありがとう。

 遅くなりましたが、長い時間御付き合い頂き、本当にありがとうございました! 本作品は十万文字近くで構
成されていました。非常に目を酷使されたと思います。今日はゆっくり休んで、明日に備えてください。祭りは
まだまだつづきます。お暇な方は、是非、一緒に御輿を担いでください。

 それでは、アフロさんにバトンタッチして、自分は消えることにします。さようなら、ありがとう。



                     ―― おしまい ――


第9世界へ


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